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「芹さん…?…っ」
余計なことを言いそうになる冴島の足をパンプスのかかとで踏んで黙らせた。
「お付き合いって…あなたおいくつ?ここに来てるってことは未成年ではないんでしょうけど…」
芹は幼い顔立ちではあるが未成年は流石に無いだろう。芹は内心ムッとする。
「今年22歳になりました」
「…随分若い子に手を出したのね。…見損なった」
茜はジッと冴島を見ると冷ややかな声を出した。冴島は何も言わなかった。
代わりと言うわけではないが、芹が声をあげる。
「実は一目惚れで、私の方からお声かけしたんです」
これは100%嘘とは言えない。
「ふうん…」
茜は苦笑いを浮かべ、値踏みするような無礼な視線を芹に向ける。
「貴女はまだ若いからわからないのでしょうね。若い女に手を出す男の気持ち悪さが…。まともな男はそんなことしないのよ?」
芹はクスクスと笑い飛ばす。
「いやだわ、私は貴女のご年齢になってもわかりませんよ。仮に雪成さんが碌でなしだとしても、私は後悔致しません」
「…どういう意味?」
「今感じている幸せを忘れるような恩知らずではないからです」
冴島にとってはお嬢様のわがままに付き合っているだけなのかもしれない。しかし、彼の存在は空虚な芹の心を満たし、熱を与えて、潤した。
それは覆しようのない事実だった。
茜は芹のそんな本心を鼻で笑った。
「何それ…、やっぱりお子さまの恋愛観ね。大人っていうのはそんな次元で恋愛しないものなのよ?損得をちゃんと理解しないと不幸になるのは自分なの。年上なんて、デメリットしかないわ」
「ええ本当ですね。貴女と私では次元が違うみたい」
芹は茜より背が低い。けれど懸命に背筋を伸ばし、高潔そうな表情を作る。
茜はそんな態度の芹が相当癪に障ったようだった。青筋を立てながら「貴女のことほんと心配になってきたわ」と心にもないことを言う。
「ねぇ、現実を見なさい?貴女は自分を大人だと思っているようだけどまだ子どもなの。彼は貴女の若さを弄んでるだけで、騙されてるわ。それにその男は欠陥があるからその年まで独身なのよ?そんな男から与えられる幸せに縋るのはやめなさい」
どの口が言う、というような文言を吐きつけてくる。
芹は思わず「呆れた人…」と口走った。
「は?」
「貴女は何をご存知なのかしら」
未熟であることは否定しないが、芹よりも10も年上なのに他人の関係にずけずけと物を言う敬語も使えない目の前の女が言えたことだろうか。
人は完璧でないからこそ人を求めるのではないだろうか。
この関係において弄んでる人がいるとすればそれは芹の方だ。
誰のせいで冴島が今までまともに恋愛も出来なくなっていたと思っているのだろう。
そんな想いが駆け巡ったが、芹は伝えることを放棄する。
「…3股かけて人を裏切るような人の想像力に期待する方が可笑しいのかもね…」
茜は顔をひきつらせる。
「…貴女が恵まれて裕福だからそんなお花畑でいられるだけだわ」
「ええ。恵まれて裕福な私が、何にも縛られずに選んだ相手が雪成さんなんです」
皮肉なことだ。
目の前で冴島が取られかけたことで、
恋人のフリをしたことで、
冴島を蔑まれたことで、
それに反論したことで、
芹はやっと自覚した。
(私、冴島さんを好きだったんだ…)
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