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芹の提案
ー 後日、とあるバーの個室にて。
「…今、何て言いました?」
冴島は心底困惑した顔で芹にそう聞き直した。
「ですから、セフレになりましょう」
冴島はキラキラした瞳をじっと向けてくる芹から目をそらし、酒に口をつける。
「………。
何言ってるのかちょっとよくわかんないですね…」
そしてしばらくの沈黙のあとそう言った。
「ご不明点はどのあたりでしょうか?」
「全部です」
首を傾げる芹に対して冴島はふうと息を吐くと、身を乗り出して芹に説明を始める。
「まず、僕なりの誠意として今後どうしたいかは芹さんに委ねるつもりでした。無かったことにしたいなら従いますし、なんなら慰謝料や退社も視野には入れてました。…が、その…セフレ、というのは…」
「お嫌ですか?」
「嫌というか、非常識だと思います」
「一旦私の話を聞いていただいても?」
「…どうぞ」
今度は芹はコホンと咳払いをして指を1本立てた。
「まず、先ほど冴島さんはあえて無視していたようですが、肉体関係を持った以上交際という選択肢が入ると思います」
「それはそうですが芹さんが僕と付き合うなんて現実的じゃ…」
そう口を挟む冴島の口に指を当てて黙らせる。
「はい、こう見えて私もまだ失恋傷心の身です。今誰かと恋愛しようという気には中々なれません。しかし、その…」
芹はそこで一瞬いい淀み、そしてカーッと顔を赤らめたが、ペースを崩さないように澄ました顔で話を続ける。
「私にも性欲…というものはあります。特に冴島さんとの夜は…、癖になりそうなくらい良かったです。アレを一度で終わらせてしまうのは、惜しい…って思いました。
"好みの女性"というのがお世辞でなく本心ならば、冴島さんにとっても悪い話じゃないはずです。私も、…がんばりますので」
たどたどしくそう言う芹に、冴島も表情を保つことが難しい。顔を隠すために冴島はうずくまり組んだ両手をでこにつけた。
「芹さん…あなたは若い。若気の至り…とはいえ、流石にそれは不味いんじゃないですかね…」
「いえ、むしろお互い身元ははっきりしていますし馬の骨のような男とこうした関係になるよりかはずっと良いと思いますが」
その言葉に、冴島はチラリと芹を見る。
「…僕が断ったら他の相手を探すおつもりですか?」
「その可能性は…なんとも…」
本心では他の相手など考えもしていなかったが、芹はここに冴島の突破口を見たような気がしたのであえてはぐらかす。
案の定、芹の答えに冴島は「うぅ」と低く小さな声でひとしきり呻いた後、はああああと大きなため息をついた。
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