波紋

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 まが明け切らない空を鳥が横切った。横からの日差しに影が羽ばたいているようだ。音は聞こえてこない。  今朝の空は止めどなく深く青くなりそうで、夏が終わったと感じさせる。  止まったように見えていた全ては動きだした。  窓から離れて椅子に腰掛ける。腕からだらりと下がる透明なチューブが床に着かないよう少し持ち上げて金属製のスタンドの中ほどに引っかける。  手慣れた動作だ。  手術の準備に費やした日数や、そのあとの投薬、リハビリのスケジュールを思い起こす。私はもうここで二ヶ月も過ごしてきたんだ。  逆算するなら宣告を受けたのは雨の季節に間違いない。  じめじめの季節だった筈。必要以上に地表を湿らせていた水滴が起こす波紋を見た筈。  なのに雨の記憶がないと最近気づいた。  それまでの暮らしは絵空事のように遠く思い起こせるけど、自宅からここへ移動した記憶がすっぽりと抜け落ちている。  きっと考えなきゃいけない事が大きすぎたから。細かな数々はすっかり記憶の外へ追い出されたと言うことなんだろう。  髪を短くしてから入院する方がいいと思って寄り道した。手術の後、なぜ髪が短いのかぼんやり考えていてそれに思い至った。美容室に傘を忘れたと思い出したとき、あの日の雨に気づいた。  乾いたアスファルトに水滴がシミを増やしてやがて水たまりになった。私は雨を見ていた。うつむいて下を見ていたと思い出した。  考えたくない、だけど考えなきゃいけない。 ーーあと何回?
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