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僕は、目の前に立っていた研究者のレポートを楽しみに待っていた。
新聞記者で話のネタになるというのもそうだが、そもそも彼らのレポートの発表は実に興味深い。
XX山の麓に住む50人もの村人が突然失踪した。現地に向かった研究員は、唯一生き残ったであろう青年に会い、独占インタビューをしたということだ。だがその後、結局青年は行方不明となったらしい。後に残されたのは崩れ落ちた廃墟とそれを隠すように鮮やかに生い茂った木々。つまりは、村人全員が不明となってしまった、いまもなお未解決の事件だ。警察も当然ながらに事件を追っていたが、結局はなにもかも不明のままだった。
研究員はコホン、と空咳をひとつし、重苦しい様子で切り出した。
「さて、この村人失踪事件の概要がわかったところで、あの時にいったい何が起こっていたのかを……青年の証言を元に順を追って説明しましょう」
僕たち記者が席に座ると、すでにペットボトルのお茶とミックスナッツが用意されていた。長くなる、といっていたので、準備万端ということだろうか。
「さて、トイレは事前にお願いします。ボイスレコーダーはいいですが、撮影は禁止です。メモを取りながら、じっくりとお聴きください」
そうして、スライドは切り替わる。
「この写真を見ていただきましょうか。この青年がXX村にいた、私たちが確認した最後に生きていた人間です。発見当時はずいぶんと憔悴しており、話しかけてもわずかに笑うだけで、ほとんど反応しませんでした。しかしながら、私が何度か話しかけると、ようやくそこで我に返り、ぽつぽつと村人が消えていく様を語り出したのです」
そうして声を大きくすると、研究員はコンコンと指示棒でスライドの中の写真を叩き解説した。
「青年はこういいました、『最初に消えたのは幼い子供だった』と。次に、その子供の母親が、そして父親が消えていったそうです。彼らに予兆はなく、ある日突然の出来事だったということです」
ペットボトルのお茶をガブリと飲みほし、ドンと力強く机に置くと研究員はさらに続けた。
「その次に消えたのは、最初に消えた一家とはまったく無縁、別の家族だったそうです。こちらも動揺に予兆はなく――……」
研究員の言葉に、僕の上司である江口課長はチッと舌打ちをした。
「…‥なんだよ、勿体ぶりやがって。さっさと結論いえってんだ」
そのまま課長は僕に向かって耳打ちをした。音を立てながらペットボトルの栓を開け、口に少しだけお茶を含む。アーモンドをひとつつまむと、課長はポリポリと音を立てて頬張った。
わざとだろう、気が散って仕方がない。研究員がせっかく丁寧に説明しているのに、これでは邪魔者として追い出されても文句はいえない。それに重要なことを聞き逃してしまうではないか。僕はその課長の行動に嫌悪感をあらわにすると、やおら首を振った。
「課長、追い出されますよ」
キッパリとはなかなかいえないものだ。小さく僕はそれだけを告げ、再び画面へと視線を戻す。
「さて、ここまでで村人の人数が相当に減りました。およそ数は15人ほどでしょうか。けれど、失踪の原因は不明のままです。なんだか気味が悪いといって、この村からでていった村人もいました。それが、こちらの3家族となります」
スライドに写った家族たちが、にこやかに笑っている。もとから変色した写真だったのかどうかわからないが、映し出された写真がオレンジの色あいの点も加わって、かえって不気味さを増す。
そして、再び研究員はペットボトルのお茶をあけ、ガブガブと一気飲みをした。……先ほども、まるごと一本飲みきっていなかっただろうか?
「そうです、自主的に村を出ていった家族までも行方不明となっていたのです。それも、3家族ともにです。それでは、彼らもまた、どこに行ったのか?早い段階で村を出ていったのに、どうして意味がなかったのか」
その後も研究員の長い話は続き、なんと数時間に及んだ。
メモをとってきた手が疲れてくる。ボイスレコーダーに切り替え、周りをみた。さすがに誰しも飽きてきたのか、ここにいる観客は手持ち無沙汰だ。
それぞれのお茶も空になり、替えのお茶が用意された。あれ、と思い視線を落として確認したが、僕のところにあったおやつ代わりのナッツは、どうやら課長が勝手に食べたらしい。上司の横柄ぶりには辟易とする。
研究員は僕たちの方をじいっと見つめてきた。
目を細めて、僕たちの机の――ナッツが乗っていた空の皿を一つ一つ確認している。ゆっくりと首を回し、恍惚としたその表情はニヤリ、というよりニッタリ、という表現が正しいだろう。
そうして、研究員はひひ、と小さく呟いた。
「食べましたね、全員」
ギョロリと全員を見渡し、よだれをたらす。
異質な底知れぬ気味の悪さにぞっとし、思わず僕は唾を呑みこんだ。
一瞬逃げ出したくなるのをなんとか堪え、というより恐怖で動けなかった。
「さて、ここまでの説明が終わったところで、皆様にぜひ見ていただきたいものがございます」
ぐい、と袖口で垂れたよだれを拭うと、スライドが切り替わった。
「そうして、調べてみたところ、ある事実が判明しました。実は、事件の前と後で村の周りの木が増えているのです。それも、いままで発見されたことがない新種の木です」
スライドが変わり、木のアップになる。
人間の背丈よりももう少し高いくらいだろうか木が奇妙なところに生えていた。玄関の扉前だ。出入りするには不自由だろう、なぜこの場所に生えていて切らなかったのか。
その木は、どこかで――……。
既視感と違和感を覚える。
僕は手元にあった失踪当時の新聞記事の切り抜きを取り出した。
当時の新聞記事の切り抜きで、村人消失前には生えていなかった木だ。
それが、これだけの短い期間で、大量に……。
「最後の青年が消えた後、木が一本増えておりました。村を去った人達が新しく住みだした家にも、それと同じ木が数本……正しく言えば人数分」
「つまり、あんたは――人間が木になった、っていいたいのか?」
課長が声を荒げる。
「結論はそうです。その新種の木の実を摂取すれば、その経過により撮影は可能かもしれません。私もひとつ食べましたが、とてもおいしい木の実の味でした」
僕はちらりと課長を見た。課長も同じことを思ったのか、ナッツが入っていた空の容器を手に取る。おえ、と課長は吐こうとしていたが、なにかがつっかかるのか、上手く吐けないでいた。
「どうしてそんなことが起こるのでしょう? 増え続ける人類と同じように、過疎地にいた木々も考え抜いたのかもしれません。私たちのように、歩いて、そして増え続けることができれば、生存することができるのではと」
ひひ、と再びよだれをたらしながら研究員は笑った。
「じゃあ、今もなおXX山の麓にある新種の木は……最初のスライドに写されていた、あの廃墟を覆う木々たちは……もしかして?」
僕はバッと手を上げ、研究員に質問した。
「そうでしょう、きっと。あれは人間のなれの果て」
ぎょろりと目をむき出しにした研究員は、首を揺らしながらスライドを切り替える。人の脳に達している木の根のような何か。
「この木の栄養源は主に水分です。他の養分は人間が補ってくれますから。恐ろしい点はその新種の木は、すぐに脳まで達してしまうこと。なにより、私たち人類の脳まで操作する点です……。増やすためにどうしたらいいか、を賢い人類に考えさせる。木に変わるまでの期間にね。その結果がこれです。操られているのがわかっているのに、自分じゃどうにもならない。ひひ、どうですか、おいしかったですか? その木の実は」
僕はもう、言葉にならなかった。
その話が本当なら、ここにいる人たちはもう全員――……。
こわごわと僕が横を見ると、課長の口から少しだけよだれが垂れている。
いや、違う……よだれではない?
よく見ると琥珀色で、少し粘着性がありそうな液体――……樹液?
僕からペットボトルのお茶をかっさらうと、グビグビと一気に飲み干した。
ひひ、と周りから一斉に声が聴こえた。
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