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翡翠様がお隠れになった日、里の田畑は、一夜のうちに鳥や獣に喰い尽くされた。
ついでとばかり、彼らは人や物、すべてのものを啄んでいった。
その異様な光景は、山神の怒りに触れたようであったという。
助かったのは、山の社にいた娘だけであった。
娘は、流れるせせらぎのそばでうずくまっている。
胸には、蒼い羽をお守りのように抱いていた。
「翡翠様。どうして、私だけを喰い残されたのですか。あなたを喪って、私はどうすれば……」
木々の擦れ合う音に紛れて、小さな羽音がした。
気付けば、一羽の小鳥が肩口にとまっている。
両手で包んでしまえそうなくらい、小さい。
春の綿毛のように真っ白い鳥。
小首を傾げて、こちらを見上げている。
「かや、言ったろう? 私は死んだのではない。この山のすべてが私なのだ。だから、寂しがることはない。お前がもういいと言うまで、私はずっとお前のそばにいよう」
かやは小鳥を見て息を呑んだ。
その黒いまなこには、見覚えがあった。
「それならーー」
恐る恐る申し出た。
「ときどき、私の話し相手になってくださいますか?」
耳元をくすぐる囀りが、軽やかに笑った。
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