翡翠様のおわす山

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社の前で文吉と別れたあと、渡された赤い実を足元に叩き落とした。ぐちゃ、と赤い汁が飛んで、かやの草鞋(わらじ)を汚した。   かやは衣の裾をたくし上げ、本殿へ駆け込んだ。 せわしない足音に気付いたのか、あるじは大きな首を持ち上げた。 「かや?」   「翡翠様。私……考えました。考えて、考えて、でもどうしても恐ろしい事実にしか行きつかないのです」 「聞かせておくれ」 「おいちさんは……私の前任の下女は、翡翠様のお食事に毒の実を紛れ込ませていました。文吉は、おいちさんが翡翠様を(うと)んじていたと言っていた。でもきっと、それは違う。おいちさんは里長から命じられて、仕方なく毒の実を摘んだのだと思います」 命令に従わなければ、家族の命はないとでも脅されたのかもしれない。 とにかく、実行せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。 いちが、忠実に密命をこなしているうちは良かった。 でもある日、その仕事を拒否した。 それで、里の者たちはおいちを使い物にならないと判断した。 いちは里の者によって殺されたのだ。 「翡翠様が、ずっと寝てばかりおられるのも……身体に毒を溜め込んでいたからですよね?」 「かやは、とても賢いね」 「まさか。すべてご存知だったのですか?」 「この山のことで、私が知らぬことはない。でも……いちは、可哀想なことになったね」 「翡翠様が心を痛める必要はありません。人間同士のいざこざですから」 一歩間違えれば、自分がおいちのようになっていたかもしれない。 そう思って、かやは瞼を伏せる。
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