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「人は、人智を超えたものを恐れる。禍福の両方を司る私は、恐怖の対象でしかなかったのだろう。きっと何かにつけ、私のせいにしていたのだろうね。それこそ悪意を持って。ひと昔前に比べ、ずいぶんと、里の悪い気が膨れ上がるのを感じていたよ」
そこで言葉を切って、翡翠様は疲れたように、静かに首を横たえた。
「私がこうも動けなくなったのは、何も毒のせいばかりではない。日々、人々の生む悪意に晒され続けたからだ。前に、カワセミという鳥の話をしたね。彼らは清流のそばでなければ生きられない。それと同じ、清らかな水が尽きれば、私も朽ち果てる」
「翡翠様はそれでいいのですか? 神様なのに。こんなにお優しいのに。人の悪意に殺されて」
私は嫌です。死んでも嫌。
かやは叫んだ。
自分の身の上の不幸は諦めることができても、翡翠様がそんな理不尽な目に遭うのは許せなかった。
怒りとも、悲しみともつかない感情が湧き上がる。
「かや、案ずることはない。今の私は鳥の姿だが、もともとはこの山に宿るものなのだ。山に生きるすべてが、私そのものなのだよ。だからこの先何があろうと、かやのことは私が守ろう」
唇を噛み締めたまま、かやは大鳥に寄り添った。
命続く限り、この方に、この御山にお仕えしたいと心から思った。
かやの願いも虚しく、あるじが蒼い骸となったのは、そのわずか一年後のことだった。
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