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下女としての仕事は、大きく分けて三つあった。
ひとつは、床に落ちた羽の掃除。
蒼い羽を箒でかき集めて小山をつくる。
最終的にはまとめて外へ捨ててしまうのだが、それが惜しくて一本だけ手にとってみた。
滑らかで柔らかく、かやの指先をそっとくすぐった。
かやはその羽を、大切に懐へしまった。
ふたつめの仕事は、翡翠様が召し上がる赤い実の採取。鳥形だから魚を好むかと思いきや、肉類は食べないという。
「この山になる赤い実には二種類あってね。かやに採ってきて欲しいのは、表面のザラザラした、光沢のある実だ。噛めば甘い。腹も満ちる。葉の裏が白っぽいのが特徴だ。採りすぎてはいけないよ。山にあるものは、山に生きるすべての生き物のものだからね」
「はい。あの……二種類とおっしゃいますと?」
「ああ。もう片方の実には、毒がある。一見とても似ているのだけどね。実の外側に光沢がないのと、葉の裏が薄く黒い色をしているから、すぐに見分けがつくだろう」
「心得ました」
みっつめは少し意外な仕事だった。
「私の話し相手になっておくれ」
「はぁ、話し相手……ですか」
「こらこら、そのつまらなそうな顔をやめなさい。知っているか? かや。カワセミという鳥はね、綺麗な川のそばでなければ生きられない。それと同じように、私は清らかな心を持つ者の言葉に、耳を傾けるのが好きなのだ」
かやは、自分が清らかな心の持ち主なのか、分からなかった。それでも、翡翠様がそう言うならと頷いた。
あるじの穏やかな口調が、かやの耳には心地よかった。
翡翠様の社で過ごすようになって、分かったことがある。
翡翠様は、鳥の神様なのに、空を飛ばない。
昔はどうか知らないが、少なくともかやがいる間は、一度も羽ばたくことはなかった。
一日のほとんどを、くったりと眠ったように過ごされる。だから掃除のとき、かやはできるだけ物音を立てないようにした。
翡翠様が目を覚まされたら、赤い実を差し上げる。そして、たわいないお喋りをする。
この三つの仕事が終わってしまうと、かやは自分自身のために働いた。
社のそばの小さな畑で野菜を育てたり、山菜を採りに行ったり。破れた着物を繕ったりする。
井戸もあり、すぐ近くに綺麗な川も流れていたので、水には困らなかった。
何より翡翠様の社には、恐ろしい獣も、乱暴を働く人間も寄り付かなかった。毎夜、かやは安心して眠ることができた。
そのことが何よりも嬉しかった。
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