翡翠様のおわす山

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文吉が去ったあと、食事の用意をして本殿へ上がる。 今朝と変わらずに、自らの羽の上に首を(うず)めて眠る翡翠様がいた。 あまりに動かないので、かやは心配になる。 心なしか、少しずつ、休む回数が増している気がする。少しお話してはうとうとし、目を閉じては動かなくなる。 文吉は、翡翠様に不審なところがあればすぐに知らせろと言った。けれど、この変化については伝えないほうがいい気がする。 かやにとって、不審なところがあろうがなかろうが、翡翠様のほうがよかった。里の人間よりも、この大きなあるじのほうが、かやを思ってくれるからだ。 「翡翠様、翡翠様……」 「聞こえているよ」 やっとお返事があって、かやはほっとする。 「失礼いたしました。あの、いつもの実をお持ちしました」 山でとった赤い実を差し出す。 外側がざらざらしていて、光沢のある実。 「ありがとう。少し休んでから、いただくとしよう」 「あの、失礼ながら。どこかお悪いのですか。何か、私にできることはありますか」 こちらを見たあるじが、少し微笑んだようだった。しかし続く言葉はない。 よっぽど、訊いてしまおうかと思った。 神様にも寿命があるのですか? 私のお世話が至らなかったせいですか? かやは焦っていた。 誰かに相談したくても、自分には頼れる人間がいない。里にはかやの味方はいなかった。 いや、味方でなくても、文吉がいる。 文吉から、何か聞き出せるかもしれないと思った。 かやは待った。夜が来て、朝が来て、一日一日が過ぎていくのを。 文吉を待つ間、いくつも夜を越した。 真っ暗な山の夜闇も、翡翠様のそばにいると不思議と怖くなかった。翡翠様はかやが嫌がることを何ひとつしなかった。 里の連中のように、かやに暴力をふるったり、ひどい言葉で貶めたり、無理に身体を開かせたりしなかった。 だから、かやは翡翠様のことが好きだった。 いつまでもお仕えしたいと思った。 かやは心を決めていた。
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