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文吉が山を登ってきたその日、かやは切羽詰まった表情ですがりついた。
「私もう、こんなところにずっといるのは耐えられません。里へ帰してください」
「そう言われてもねえ、わしにはどうにも……。よっぽど辛いんだろうけどねえ」
「何でもします。手を貸してくれると、前にそう言ってくれましたよね。おいちさんのときも、何か知恵を貸してくれたんじゃないですか?」
かやが涙を浮かべると、文吉は口の端を持ち上げた。そしてわざとらしくふうん、と唸った。
「そうさね。なら、わしについてくるといい」
どこへ行くつもりなのだろう。
かやは一瞬怯んだが、翡翠様のためだ。
まずは文吉の思惑通りに動いてみせ、上手く取り入る必要があった。
そこから、何でもいい。
翡翠様の助けになるものが得られればーー。
文吉は社を出て、川沿いに少し下っていった。
かやもそれに続く。
かやの知らない道だった。
ちゃんと、人ひとり分が通れる獣道になっている。誰かが、ここを行き来していたのだ。
「あの、どこまで行くのですか……」
「すぐそこさ。ほら」
文吉がとある木の上方を指差した。
「あれが見えるじゃろ」
そう言ったかと思うと、幹の窪みに足をかけてひょいと登り、鉈で枝を切り落とした。
降りてきた文吉の手には、赤い実が握られていた。
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