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前編
「百合子様! あと一回! あと一回だけお願いします!」
「あと一回ぃ? 今日は特別に二回もさせてあげたでしょう?」
男、萩原一紀は一糸纏わぬ姿をし、ベッドの上で土下座をして懇願していた。百合子は呆れた顔をして紫煙をくゆらせながら、涙目の萩原を突き放す。
「お願いします! 何でもします! 何でもしますからあと一回!」
百合子は妖艶な笑みを浮かべると、ペディキュアを美しく塗った足先を男に突き付ける。
「なら、足を舐めて懇願しなさいよ。出来る?」
「喜んで!」
萩原は百合子の足先を、今にも壊れそうな宝物のように扱うと、そっと口に含む。
「お願いします。あと一回だけ……」
百合子の足先を開放すると、萩原は百合子に口付けをしようとにじり寄って来る。
「なら、そこのワインを口に含んで飲ませなさいよ」
「喜んで!」
萩原はベッドサイドに置いてある赤ワインを口に含むと、そっと百合子の艶やかな唇をこじ開けて流し込む。
「……んっ。悪くないわね」
「じゃぁ、そろそろシてもいいですか!?」
「その前に……」
「何なりと百合子様!」
萩原は『あと一回』のためなら何でも許容するかの如く、尻尾を振って百合子の言葉を待つ。
そもそも、萩原と百合子は恋人でありながら、ある種の主従関係のようなものだった。気の弱い萩原は、職場で高嶺の花だった百合子に自分の想いが受け入れられるとは思わず、恋人関係になってからも百合子の望むもの、望む事は何でも叶えて来た。
元々女王様気質だった百合子は、犬のように忠実な萩原を喜んで受け入れ、セックスをする時も主導権は彼女が握っていた。
「あなた、本当に私のためならなんでもするの?」
「はい、もちろんです!」
「なら……」
萩原はゴクリと唾を飲み込む。
「私と結婚しなさいよ」
「!?」
萩原は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。百合子は先ほどとは違う雰囲気の妖艶な笑みを浮かべると、さらに言葉を編んだ。
「私と結婚しなさいって言っているの。あなたを生涯私の傍にいさせてあげる。この申し出を受け入れたら、あと一回させてあげてもいいわ?」
萩原は涙を浮かべて小刻みに震えている。
「本当ですか百合子様。本当に僕があなたの生涯の伴侶で良いんですか?」
百合子は萩原の涙をそっと掬い取ると、その涙を自分の口に運んだ。
「あなたが良いって言ってるの。何か異論がある?」
「ありません! ありません! 喜んで結婚させて頂きます!」
「なら、もうそろそろその敬語もやめてもらっていいかしら?」
「え……?」
「だって、子供の前でその態度でいられたら、父親の威厳が無くなるでしょう?」
「え!? まさか子供……が……?」
「バカね。まだ出来ていないわよ。まだね」
「まだ……?」
「だから、これから作るわよ。さっきのタバコは人生で最後の一本。口移しのワインはしばらく飲まないためのセレモニーよ。そういうわけだから、あと一回と言わず、二回でも三回でもシなさいよ」
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