villain

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villain それはある日のこと。 私はvillainに出会った。 あなたもきっと、知っているでしょう。 SNSはあまり見ない方だった。 メンタルが強い方では無いし、溢れかえる情報について行くのは簡単ではないからだ。 その日の昼間は晴れていたような気がする。 正直記憶は曖昧だ。 左手につけたこの世の鎖みたいなデジタルウォッチが私を呼んだ。 仕事中、軽くその画面を覗いただけで、ヒュッと吸った息が鳴って、口を手で押さえていた。 訃報!〇〇バンドでボーカリストをしていた〇〇さん急逝! 近頃、自分が子供の頃にテレビの中で見た人が次々に亡くなるのは実感していた。 私も良い歳だし、先はそうも長くはない。 残されたのは年月ではなく、時間といった方が正しい気がしていた。 その訃報の方は、私の年がいくら若い娘でないとしても、逝くにはあまりにも早すぎる年齢で、何度か瞬きしたら、仕事中にもかかわらずボタボタ涙が流れ、慌てて上を向いた。 は?何これ?え?何?いやいや…は? これが初見の感想。 私が若い頃に目指した職業は、ほんの一握りの人間しか選ばれないミュージシャンというやつで、その方は憧れの人でもあった。 音楽を諦め、現実を生きるようになってからは、思春期の衝動が躍動するようなロックからはわざと遠のいていた時期がある。 聴く側に回った自分を認めたくないだけだったようにも感じる。 それでも、自我を持ち、個人として自立し始めた頃に衝撃を受けた音楽達は、やはりいつも心をくすぐってくる。 あの頃、あんなに聴いていた声が死んだのだ。 私は、家に帰ってからもやはり納得出来ず、テレビを見たり、携帯で調べたりしたが、やはりそれは事実であり、見間違いではなかった。 妙な納得とともに、涙は止まり、そこからは冷静だったように思う。 今思うと、そうでもなかったのかも知れないけれど。 その日から、彼の歌う曲を聴くようになった。 便利な世の中で、CDがなくともすぐに音源は手に入る。 携帯から鳴る音に、ただ、ぼんやりしていた。 何故聴かなくなっていたんだろう。 何故今聴いているんだろう。 亡くなったという哀愁の漂う空気に酔っているんだろうか。 それでも、毎日、彼の声を聴いた。 取り憑かれたんじゃない?なんてバカにする思春期の娘に苛立ちながら、それでも少しずつ映像も手に入れて、彼を堪能した。 なぁんだ。生きてるようなもんじゃないか。 ふとそう思う事もあるのに、忙しくて彼の音楽に触れられない日はソワソワした。 聴いていないと、観ていないと不安になるような底の知れないジメジメした感覚だった。 そんな頃、SNSにも手を出した。 彼のバンドのファン達は、私の思うところよりずっと彼に依存しているように映って見えた。 彼はその中で、神のように扱われ、我が一番の理解者だと言わんばかりに想いを吐露していた。残されたメンバーや、大切な家族が見えないように、簡単に…。 それらを見ないことより、わざわざ見て湧き上がる怒り。 不思議な気持ちだった。 自分こそ彼の何者でも無いのだから。 懐古する記憶ほどしかない私と、長年に渡りファン活動を続けてきた方を比べれば、悲しみの差は雲泥なのかも知れない。 目に見えない物は、はかりようが無いし、どっちがどうとは勿論言い難いとは思いたい。 ただ、SNSの気軽さといったら、私なんかには中々堪えるものがあった。 "亡くなってから好きになったとか意味が分からない" "何年来の古参!ライブはほぼ参戦済み" “〇〇がいなくなって、歌も映像も観てない!観たら泣いちゃう、生きていけない!毎日泣いてる!毎日辛い!" 亡くなってから知る音楽や、懐かしみ戻ってきたファンは罪ですか?悪ですか? 新参者や、一度離れたファンへのマウントは気持ちいいですか?優越感を感じますか? 毎日辛いのは当然だけど、随分気軽に毎日投稿してますね?毎日辛いけど、旅行には行けて良かったですね。 なんて、皮肉が湧くのだ。 亡くなってから知ったファンの声もいちいち心を逆撫でして驚いた。 "新参者です!古参の方には敵いません!" "ファンクラブ入ったけどチケット取れない!なんで!" "新規だけど〇〇推しだし、〇〇がいなくなったメンバーで活動かぁ、受け止めらんないかも" どうして古参に敵わないんですか?新参者は弱者なんですか?敵わないってなんのことですか? チケット取れないのは、あなたと同じ気持ちの方が沢山居たからでしょう?なんでってなんなんでしょう 受け止められないなら、黙っていたらいい。 この投稿をメンバーが見たら、どんな気持ちになるんだろう 数々のSNSでの言葉に、何者でもない私は、バカみたいに気を揉んでいた。ザワザワするのだ。 そんな時、私は投稿したのだ。 そう。簡単に。正気の沙汰でないほど気軽に。 新規だ、新参者だ、古参だと煩い。 ボーカリストが居なくなったメンバーが続けると打ち出した事に、受け入れられないだのと、軽々しく言うなんておかしい。 確かそんな内容に… villainが私に話しかけてきた。 ユーザー名 villain "こんにちは 初めまして" 名前に躊躇しながらも、「こんにちは」と返した。 "ファンなんですね" villainはそう続けた。 私は、一度は全く聴かない期間があった事を後ろめたく思っていたので、もう一度聴き始めるきっかけが居なくなってしまった事なのを酷く罪に思うところがあった。 「好きですね」 言葉を選んで返したら、暫く返事はなかった。 私は続けて投稿した。 〇〇の家族や、ずっと一緒にやってきたメンバーが悲しみませんように 歌を聴けないと言う人がいるけど、私は沢山聴いている。自分が死んでも、歌は残るって言ってたんだから! すると、villainからコメントがきた "何に悲しむのですか?" 一瞬ギョッとした。 何に…とは… 立て続けに、もう一つの投稿にもコメントがきた。 "今、その方が歌を聴けないのは何故でしょう" 私は更にギクッとした。 ふと顔を上げたら、鏡に自分の引き攣った顔が醜く映っている。 何なんだ!コイツ!気味悪い! そう思ったら、また手元の携帯が揺れる。 "おまえの正義は他人のタブー 他人の正義はおまえの悪 だとすれば villainは誰だ" 私は暫く唖然として、携帯を額に押し当てた。 しゃくるように涙が出て苦しかった。 数々のSNSのコメントに苛立ち、悪戯にも説教をするように、誰かの感情も何もかもを拾えないままに、私は同じ場所に立っていたのだ。 villainを知っている。 それは たった今 私 私だったんだ。
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