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コンビニで買い込んだ酒を飲むうち、自然と二人の距離が近づき、どちらからともなくキスをしていた。
そこから俺は止まることができなかった。糸が拒まないのをいいことに、最後の一線を越えてしまったのだ。
翌朝、体を伸ばせない窮屈さを感じ、目を覚ますと、俺の腕の中に何も身にまとっていない糸がいた。
すやすやと心地よさそうな寝息を立てている。
そのことに驚き、腕を動かした瞬間、糸が起きてしまった。
「謙吾……起きてたの?」
「い、糸……」
ふにゃっと笑った糸が可愛い。俺は上半身を起こして糸を見下ろした。
するとそこには唇だけでなく、顔や体中を赤く腫らした糸がいた。
これは、湿疹? いや、擦り傷みたいな感じだ。
俺の伸び始めた髭の跡か!
俺は髭が濃い。夜にもなると自分で触ってもチクチクと痛いくらいの髭が生えてくる。現に今は少し触っただけでザラっと……。
「悪い! こんなつもりじゃなかったんだ!」
「謙吾?」
「痛かっただろう? 申し訳ない! もう二度とこんなことはしないから」
せめて同窓会に行く前に髭を剃っておくべきだったんだ。急遽駆けつけたせいで、糸を傷つけてしまった。
「……後悔してるの?」
「ああ、悪い――」
「帰って! もう謙吾とは会いたくない」
「へ?」
何故か糸が猛烈に怒り出した。
小さなベッドから俺を突き落とした糸は、毛布を巻きながら、床に散らばっている俺の服をかき集めて俺に押し付けた。
「さっさと着て。帰って!」
服を着る間もなく、俺は追い出された。靴もカバンを後から廊下に放り投げられるという始末。相当な怒りようだった。
そりゃ謝っても許してもらえないよな。あんなに傷つけてしまったんだから。
でもこれだけは言わないといけない。
「糸! 病院へ行ってくれ。頼む」
跡が残ったら大変だ。
「うるさい! 帰れ!」
早朝のアパートでこれ以上騒ぎを起こせない。
そう思い、俺はとりあえず退散することにした。
その後、メッセージはブロックされ、糸が会ってくれることは二度となかった。
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