糸、フラれる

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「悪い。全く記憶がない」    映画が終わって遅めのディナーを、と予約していたビアバーで平謝りする謙吾。   「……いいわよ。突然誘ったんだし。もう9月なのに、今日猛暑日だったもんねー。外回りだったの?」 「新規事業の方でトラブルがあって、東京に出張してた」 「え?」 「新大阪に着いた直後に糸から連絡があったんだ」 「そ、そうなの? ごめん、忙しかったんなら無理しなくてよかったのに」    出張帰りだったとは申し訳ない。   「もう帰るだけだったし」 「……そう?」 「で、なんで観たこともないコナンをこんな時間に予約してたんだ? この店もだろう?」 「ああ、それは――」    私は謙吾を誘った経緯を話した。   「見合い……」 「そ。お母さんがうるさくってさー。28歳にもなるのに仕事仕事でいつになったら落ち着くんだって。ほら、ここのところ聖堂館の同期の結婚式が重なってたじゃない? それでうちも! って思ったんだろうね」    うちは下に大学生の弟と高校生の妹がいる。  弟妹に結婚を望むのはまだまだ先のことだから、どうしても私に圧をかけてくるのだ。   「ほんと失礼よね! コナンの新作を観たいって言ったのはあの人なのに断ってくるとか。しかもよ? 約束の時間を過ぎてから連絡してくるって社会人としてありえなくない!?」 「あ、ああ……」 「話が進む前にいい加減な人だとわかって良かったわ」    あー! 思い出してもムカつくだけだけど、『君とは合わない』ってなんなの?  なんであんな白蛇みたいな男に私がフラれなきゃなんないのよ! こっちから願い下げだわ。  
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