アムンゼン 15

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 そして、私が、どう言おうか、悩んでいると、  「…マリア…人間なら、誰でも、ちょっとしたことで、ケンカになることは、あることでしょ?…」  と、マリアの母親のバニラが、助け船を出した…  「…人間なら、誰でもある?…」  「…そうよ…ケンカの原因っていうのは、大抵が、売り言葉に買い言葉…お姉さんが、アムンゼン殿下となにが、原因で、ケンカになったかは、知らないけれど、きっと些細なことよ…」  「…些細なことって?…」  「…取るに足りないような小さなことってこと…」  「…」  「…つまり、例えば、お姉さんとアムンゼン殿下が、いっしょにケーキを食べたら、お姉さんの方が、多く食べて、アムンゼン殿下が、怒ったとか、そんな話…」  「…そんなことで、アムンゼンと、ケンカになったの? …矢田ちゃん?…」  私は、心の中で、絶句した…  心の中で、  …そんなバカな…  と、思ったが、一瞬、考えて、  「…そうさ…」  私は、答えた…  その方が、都合が良いと思ったからだ(笑)…  「…アイツが、生意気にも、私より、多くケーキを食べようとして…」  私が、勇んで言うと、  「…フーン…そんなことで…」  と、マリアが、この矢田をバカにするように、言った…  明らかに、この矢田を蔑視したのだ…  3歳のガキが、35歳の矢田を蔑視したのだ…  私は、正直、頭に来た…  この矢田のプライドが、痛く、傷付いた…  傷付いたのだ…  が、  しかし、だ…  このバニラが、うまい例え話を出したことで、それに、乗っからない話もなかった(笑)…  なにより、この矢田が、マリアに説明する必要がない…  マリアは、子供ながら、頭がいい…  が、  所詮は、子供…  3歳の子供に過ぎない…  なぜかと、言えば、自分が、納得できないときは、ずっと、自分が、納得いくまで、根掘り葉掘り聞くからだ…  これは、大人になれば、なかなか、できない(笑)…  が、    稀に、大人になっても、自分の納得の行くまで、根掘り葉掘り聞くものもいる(笑)…  しかしながら、それは、少数派に過ぎない…  普通は、誰もが、納得が行かなくても、それ以上は、根掘り葉掘りはしない…  それは、なぜか?  大抵が、それ以上、根掘り葉掘りすれば、相手が、嫌がることが、わかっているからだ…  相手の顔色を見れば、わかるからだ…  だから、しない…  真逆に、それにも、構わず、根掘り葉掘りする人間は、よほど、鈍感か、自分勝手かの、どちらかだろう…  他人が、明らかに、嫌がっているにもかかわらず、根掘り葉掘りすることは、普通は、できないからだ…  それゆえ、今、マリアの母親のバニラが、機転を利かせて、うまく、ケーキの例え話をしたことが、嬉しかった…  それで、マリアが、納得したからだ…  だから、嬉しかった…  さすが、マリアの母親だけあって、マリアにどう説明すれば、納得するのか、よくわかっている…  そう、思った…  そう、思ったのだ…  そして、私が、そんなことを、考えていると、今度は、マリアが、  「…矢田ちゃん…」  と、私に話しかけてきた…  「…なんだ?…」  「…アムンゼンと仲良くできないの?…」  と、マリアが、ストレートに、聞いた…  直球で、聞いた…  だから、私は、  「…アイツがいけないのさ…」  と、言ってやった…  「…アムンゼンが、いけないの?…どうして?…」  「…それは、さっきも、言ったように、私より、多く、ケーキを食べたからさ…」  「…そう、なんだ…」  マリアが、悲しそうに、言う…  「…どうした? …マリア?…」  「…矢田ちゃんに、アムンゼンと仲良くしてやって、もらいたいの?…」  「…どうしてだ?…」  「…アムンゼンが、元気がないの?…」  「…元気がない?…」  「…それで、どうしてだか、アムンゼンに聞いてみたら、矢田ちゃんと、ケンカしたと、言って…それで…」  「…それで、このマリアが、お姉さんとアムンゼン殿下に仲直りをしてもらいたいって、言って、今日、ここへ…」  バニラが説明する…  その説明で、今日、なぜ、いきなり、このバニラとマリアの母娘が、やって来たのが、わかった…  わかったのだ…  これは、渡りに船…  実は、願ってもない、機会だった…  正直、この矢田が、アムンゼンと争っても、メリットは、なにもない…  デメリットばかりだ…  しかしながら、この矢田の方から、アムンゼンに頭を下げるのは、嫌だった…  死んでも、嫌だった…  どちらが、悪いと、言っているわけではない…  ただ、自分から、頭を下げるのは、嫌だったのだ…  ホントは、この矢田と、アムンゼンでは、身分が違う…  だから、この矢田と、アムンゼンを同列に考えるのは、おかしい…  同列=平等ではないからだ…  だから、おかしい…  だから、ホントは、この矢田は、アムンゼンには、逆らっては、いかん…  いかんのだ…  自分でも、それが、わかっている…  十分過ぎるほど、わかっている…  だが、人間は、理屈より、感情を優先するものだ…  この矢田も例外ではない…  もちろん、この矢田が、アムンゼンと、仲良くなっていなければ、簡単に、アムンゼンに頭を下げただろう…  なぜなら、身分が、違うからだ…  しかしながら、仲良くなった今となっては、簡単に頭を下げるわけには、いかん…  いかんのだ…  私が、そう思っていると、  「…矢田ちゃん…アムンゼンと、仲良くできないの?…」  と、マリアが聞いた…  だから、私は、  「…アイツ次第さ…」  と、答えた…  「…アイツ次第?…」  と、マリア。  「…アムンゼンが、私に詫びれば、これまで通り仲良くしてやっても、いいさ…」  「…矢田ちゃんに詫びれば?…」  「…そうさ…」  すると、バニラが、  「…そんな…殿下に、お姉さんに頭を下げさせるなんて…」  と、口を出した…  当たり前だった…  自分でも、それは、わかっていた…  十分過ぎるほど、わかっていた…  しかし…  しかし、だ…  繰り返すが、自分から、アムンゼンに頭を下げるのは、嫌だった…  絶対、嫌だったのだ…  だから、  「…アイツが、頭を下げれば、これまで通り、仲良くしてやってもいいさ…でも、嫌なら、それまでさ…」  私は、断言した…  断言したのだ…  が、  私のその発言に、あろうことか、バニラが、怒った…  文字通り、激怒した…  「…ちょっと、お姉さん…いい加減にして!…」  「…なんだと?…」  私は、言いながら、やはり、このバニラは、私の敵かと、思った…  この矢田の気持ちがわからん…  やはり、このバニラは、私に立ち向かうために、この場にやって来たのか?  あらためて、思った…  思ったのだ…  しかしながら、さにあらず…  なんと、いきなり、このバニラが、  「…お願いします…お姉さん…」  と、私に頭を下げたのだ…  文字通り、土下座せんばかりに、頭を下げたのだ…  私が、驚いていると、  「…お願いします…お姉さん…殿下と仲直りして下さい…」  と、言った…  私は、内心、呆気に取られながらも、  「…どうしてだ? …バニラ…どうして、そこまでする?…」  私は、バニラに聞いた…  当たり前だった…  このバニラは、いつも、この矢田を目の敵にする…  だから、それを、考えれば、この態度は、あり得ないこと…  実に、あり得ないことだったからだ…  「…お姉さんが、殿下と仲直りしてくれなければ、葉敬が、困ります…」  「…お義父さんが?…」  「…ハイ…葉敬は、殿下の後押しで、サウジアラビアの事業も、軌道に乗り出したと、先日も、言ってました…それが、今、お姉さんが、殿下と、ケンカをしたとなると、最悪…」  そう、言って、あろうことか、バニラが、涙ぐんだ…  私は、それを、見て、絶句した…  いや、  間違った…  それを、聞いて、絶句したのだ…  なぜなら、葉敬は、この矢田にとって、大恩人…  日本の取るに足りない、どこにでもある家庭出身の矢田と、台湾の大財閥の跡取り息子の葉尊の結婚を認めてくれた、大恩人だったからだ…  だから、慌てて、  「…お義父さんが、困るのか?…」  と、バニラに聞いた…  当たり前だった…  「…いえ、すぐには、わかりません…でも、遠からず、その影響は、出ると、思います…」  バニラが、泣きながら、言う…  私は、それを聞いて、いてもたっても、いられんかった…  「…バカ、早く、それを、言え!…」  と、つい、バニラを怒鳴ってしまった…  「…お義父さんは、この矢田の恩人さ…この矢田と葉尊の結婚を認めてくれた恩人さ…そのお義父さんが、私とアムンゼンが、ケンカしたことで、迷惑を被れば、困るさ…」  私が、勇んで言うと、バニラが、頭を上げて、  「…お姉さん…」  と、目に涙を浮かべながら、この矢田を尊敬の目で、見た…  「…バニラ…それが、わかれば、さっさと、アムンゼンのところへ、行くさ…謝りに行くさ…」  私は、断言した…  それから、  「…バニラ、今、アムンゼンが、どこにいるか、わかるか?…」  と、聞いた…  「…たぶん、自宅だと、思います…」  「…そうか?…」  私は、言った…  「…ならば、これから、言って、アムンゼンに詫びるとするさ…」  「…これから?…」  バニラが、怪訝な顔をする…  「…どうした、その顔は?…」  私は、聞いてやった…  「…だって、お姉さん…殿下は、忙しい身です…これから、いきなり、行っても、会ってもらえるかどうか…」  「…そうか…」  当たり前だった…  アムンゼンの身分を忘れていた…  つい、この矢田と同じに考えてしまった…  「…だったら、どうする?…」  「…とりあえず、電話をして、これから、伺っても、いいか、殿下に聞いてみれば?…」  「…そうか…」  私は、言った…  言いながら、思いがけない展開になったと、思った…  まさか、バニラがやって来たことで、この矢田が、アムンゼンに詫びに行くとは、思いもしないことだったからだ…  …もしや、図られた?…  一瞬だが、私の脳裏に、そんな言葉が、浮かんだ…  浮かんだのだ…                <続く>
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