5人が本棚に入れています
本棚に追加
「あらら〜。見た瞬間、そんな顔を浮かべられるとは思いませんでしたねぇ〜。育ての親に対して酷いですよぉ、累」
前から近づいて来たのは、赤鬼の面を顔に付けた、甘い声の男性。
黒い短髪に、白いワイシャツ。黒いベストに、黒いズボンを身に着けている男性は、どこかの執事をしていたのかと聞きたくなる風貌をしていた。
「何しに来やがった…………」
「大事な我が子を見に来たのですよ。少し、お話ししましょうか」
ケラケラと笑いながら男性は、累の腕を掴む。
力が強く、累は痛みで顔を歪ませた。
これは、断ってはいけない。
直感で感じ、累はおとなしくついて行く。
少し歩くと建物は無くなり、視界が緑へと切り替わる。
森への入り口まで来た二人は、そのまま立ち止まることなく中へと入った。
カサカサと音を鳴らし、迷うことなく森の中を歩く。
今は夕暮れ。オレンジ色の太陽が二人を照らしていた。
今は明るいがすぐ夜になり、周りが見えなくなる。
急がなければ遭難してしまうような状況だが、二人にとって朝だろうと夜だろうと関係ない。
累はただただ、目の前を歩く自身の育ての親を怒らせないように気を付けながら歩いていた。
森の中に入り歩くこと数十分、やっと足を止めたかと思うと、累を掴んでいた手を放す。
振り返り、鬼の面で見下ろした。
「この木の上に行きましょうか。景色を楽しみながらお話をしましょう」
男性が触れている木を見て、累は何も言わずに上へと少しずつ視線を上げた。
周りの木より育っており、背が高い。確かに、景色は楽しめそうであった。
だが、どうやってそんな高い所まで上る気なのだろうか。
累が何も言わずに唖然としていると、男性は指を鳴らした。
「出てきなさい、スズカ」
男性の声に応答するように姿を現したのは、腰まで長い黒髪で顔を隠している女性の幽霊。
白いワンピースを揺らし、二人の目の前に姿を現した。
「ま、まさか…………」
「そのまさかですよ。では、スズカ、私達を上まで連れていきなさい」
笑みを浮かべているような声色で、男性は木に触れながらスズカと呼んだ女性に指示を出した。
『わかりました』
素直に従い、スズカは二人に手を伸ばした。
すると、重力に逆らい、二人の足は地面から離れる。そのまま、木の上まで案内された。
男性二人が乗っても問題なさそうな太い枝に座らせたスズカは、男性の隣に移動し、留まった。
累は、下を見ないようにしつつも気になり、視線をチラッと向ける。
地面はずっと先、周りに立ち並ぶ緑は、まるでクッションのように下で風に揺らされていた。
体をブルッと震わせた類の反応を楽しむように、隣に座っている男性は、口を開いた。
「ではでは、お話でもしましょうか。最近はいかがですか?」
「ふざけるな。こんな所でそんな落ち着いて話が出来るかよ」
「でも、今までみたいに地上で話していたら、累はいつの間にか気配を消していなくなってしまうでしょう? それはさみしいですよぉ~」
落ち込んでいるように見せているが、わざとなのはまるわかり。
怯えている累を楽しんでいるように感じ、彼は顔を覆い深いため息を吐いた。
「はぁぁぁ…………」
「まぁまぁ、少しだけでも、近況報告してくれさえすれば、この時間もすぐ終わりますよ」
伝えると、累がギロッと睨む。
漆黒の瞳に殺気が乗せられており、男性の肩はピクッと上がった。だが、すぐに平静に戻り、視線を周りに広がる景色へと移した。
最初のコメントを投稿しよう!