六月病

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 きちんと息を吸えているのだろうか。酸素が頭にうまく回っていない気がする。何だか呼吸の間隔も短い。焦点も定まらない。  遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。甲高い耳障りな音がどんどん大きくなる。野次馬もどんどん集まってくる。咽かえるような臭いと熱さが辺りに留まる。 「ウッ……!」  僕は口元を抑えて急いでトイレに駆けこんだ。個室に入って鍵を閉めるなり、便器に吐き出す。幸い他の個室は空だったし、この音を聞いている人はいないだろう。皆、ホームで何があったのかを見に行っているのかもしれない。よくもそんな暢気に事故現場を見に行けるなと思う。  しばらく吐き出した後、ふらふらしながらトイレを出た。ホームには規制線が貼られており、警察官や救急隊員らが忙しくしていた。  ああ、まただ。また命が消えてしまった、と僕は思った。  六月──人々が病み始める時期。世では五月病なんて言葉があるけれど、僕は五月病よりも六月病の方がしっくり来ると思う。  ゴールデンウィーク明けの五月よりも、何の連休もない六月の方が命が消える回数が多いと思う。人身事故のニュースを聞くのは、圧倒的に六月の方が多い。  そして今日も。  振替輸送を使っていつもとは違う路線で大学へと向かった。途中コンビニに寄り、朝ご飯を調達する。朝方からあんな光景を見てしまったので食欲はゼロに等しいが、きちんと食べないと健康に悪い。  サラダチキン。少量だが食べないよりはマシだ。
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