ゆれる

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 菜津は、用件だけが記された短い文字列を見つめ、天を仰いだ。  ――もう一度、話をしませんか。  うだうだと演説をしないだなんて、聡美らしくない。長い時を経て、彼女も変わったのかもしれない。もう、あの頃の彼女ではないのかもしれない。そんな淡い期待が心の中でゆっくりと膨らんでいくのを感じた。あと一回。もう一回だけ賭けてみるかと、指を動かす。  ――わかりました。それでは、年末に伺います。  送信が済み、もう取り消すことができなくなった文言を幾度も読み返しながら、他人行儀が過ぎたかもしれないとため息をつく。聡美は変わったかもしれないというのに、自分は変わらぬままなのか。  菜津は、かつて聡美とともに暮らしていた頃、物事を根も葉もない想像で否定することを常とする聡美に辟易していた。  菜津は聡美に否定されるたびに、その否定を否定した。それは菜津の主張が現実離れしている場合を除き、肯定へと変化するはずだが、対聡美においては何を論じようが無変化だった。否定を否定したところでそれを否定されるためだ。菜津には、何度ひっくり返されようが、肯定をつかみ取ろうとする力が欠けていた。結果、否定を肯定することとなり、同時に腹の中に毒々しく苦々しいものを飼うこととなるのだ。  自分の意見が最終的に肯定されるという成功体験を積み続ける聡美が、菜津が辟易する癖をなおそうとすることはなかった。  そんな人間と住み続けることに限界を感じた菜津は、家を出た。  そうして手に入れた物理的な距離は、これまでなかなか感じることができなかった安静をもたらしてくれた。  しかし、メッセージを通じて繋がりあうことは幾度もあり、その度に菜津はやっと手に入れた安静を汚されたように感じていた。  聡美は物理的距離など軽々と飛び越えて、いつまでも否定を繰り返す。  ある日、いよいよ我慢の限界を迎え、菜津は「あなたとは話にならないので、もうお話ししたくありません」と突き放した。それは、いつまで経っても否定を肯定へと変えられない菜津の、精一杯の抵抗だった。  年末が近づくほどに、菜津は心が重だるくなるのを感じた。  相手は変わったかもしれない。だから、会いに行っても大丈夫。と、都合のいい言葉で自分をだましながら、完全に突き放せない自分を呪う。  彼女がそう簡単に変わるはずはないと、この世で一番と言っていいほどに、私は知っているはずじゃないか。  そう、自分を責め立てては、虚しさの海に沈む。  自分が変われていないから、人も変われていないことにしないと安心できないというだけだという、見たくもない現実が、ニヤリと汚らしい笑みを浮かべながら迫ってくる。
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