あと一回

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あと一回

 セミが、鳴いている。汗が背中をつたう。夏もそろそろ終わる季節だというのに、一向に気温は下がる気配が無い。    あと二回。  横断歩道を高齢女性が渡っている。そのゆったりとした足取りと、皺で刻まれた顔は、カメを連想させる。その女性に向かって僕は叫んだ。 「危ないっ!」 女性が立ち止まって僕に振り返ろうとしている。その皺で刻まれた顔面を僕に見せようか、というタイミングで車が横から走ってきた。  ドンッ 女性は倒れた。  僕はその場を離れた。この事を、警察は事故と見るだろう。あの横断歩道には信号機がなかった。一時停止を破っている車がいてもおかしくない。  しかし、これは殺人事件でもある。  僕が発した「危ないっ!」という言葉は、とっさに口から出たものではなく意図的に出したものであるからだ。  つまり、あの場面で女性が振り返ったりせず、普通に歩いて行けば車に撥ねられることはなかったのだ。  そして僕は人を殺した。九十九回目。百回まであと一回。    「罪の意識」という物は僕の中には無かった。それこそ、最初は罪悪感を感じていた。しかし、罪の意識というのは、その罪を二回繰り返すと半分ほどが減り、三回繰り返すとまたその半分ほどが減る。僕は唯一得ることのできる快感を求めて、殺人を繰り返すたびに感覚が麻痺していった。    今まで行ってきたすべての殺人は、直接的ではなかった。先程のように事故に見せる殺人はしたことがあっても、ナイフで人の胸を刺すような殺人はしたことがない。  しかし、百回目の殺人は直接行うつもりである。  僕も、これで終わりだからだ。
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