エピローグ

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エピローグ

   二○三五年 四月(九年後)  眼前には大西洋の大海原が広がる。そこに吹く爽やかな風も、煌めく海水も、全て大原で慣れ親しんだそれが巡りに巡ってやって来た、そんな事を考える。  結局、海はひとつだ。ただ、今の俺の漁場は千葉県いすみ市大原の反対側、つまり、地球の裏側に変わったのだ。釣り物は変わった。さすがに慣れ親しんだヒラメやハタの類いはそこにはいない。  俺は今日も、大西洋を回遊するミナミマグロを求めて、ひとり大海原を駆け巡っている。一時期、漁獲量が厳格に管理されていたその魚も、各国の資源保護の努力により順調に数を回復してきた。俺のようなマグロの一本釣りの規制は大分緩くなったものだ。  そう、俺は今、「魚を釣らせる」事も「ホトケを沈める」事もしていない。「組織」を引退してからというもの、自らが釣りをして、それで生計を立てているのだ。  肉料理がメインのこの国ブラジルでも、それなりに日本食ブームは巻き起こっている。需要はあるのだ。特に、マグロは人気だ。何日も気ままに船を走らせてミナミマグロを探し、釣るのだ。  それをデカい船でやっているのだから、儲けは微々たるものだ。しかし、それで良い。もう、娘の春菜もひとり立ちが済んだ。かつてのように汚い金稼ぎをする理由など、どこにもないのだ。
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