エピローグ

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 俺が操縦するのは、釣り船ではなく漁船なのだ。それも大型のモノだ。大層な冷凍設備も標準装備だ。その釣りのスケールは「釣り」と呼ばれるあらゆる道楽とは一線を画すものだろう。  かぎ爪のように巨大なハリに、これまた大きなイカを餌として付けたら、それを大海原に放り込む。糸はもはやワイヤーのように太く頑強なものだ。  俺がやっているのは漁ではない。あくまで釣りだ。なので、竿とリールを使う。一日に数回当たりがあるかどうか、そういったシビアな釣りだ。しかし、それで良い。いや、それが良いのだ。必然的に何も考えない時間が訪れる。船上で過ごす贅沢な時間だ。  あれから、勲は組織に残って他の諜報員の統括や指揮をとるようになった。いわゆる出世だろう。早期退職した俺とは真逆の生き方だ。まあ、真っ直ぐで律儀なアイツの生き方としては、それっぽくもある。  真美はと言うと、ブラジルのカレッジで情報工学の非常勤講師として働いている。もともと面倒見の良いタイプだ。性に合っているだろう。  今思えば驚きなのは春菜だ。大学を卒業してから特殊警察作戦大隊に入隊したのだ。ブラジルの軍警察に所属する特殊部隊だ。あの憎き鮫島を一撃で仕留めた時からその片鱗は見せていたが、やはりあの子には俺に似た危険な才能がある……。喜ばしい事なのか、親としては複雑な心境だ。それでも、あの子は真美の子でもあるのだ。やはり賢い子だ。俺と同じ轍を踏むような事はないだろう。  その日は運が良かった。竿先がグンと海中に引き込まれた。海面に垂れた糸のその先にある餌をマグロが食ったのだろう。それを察知したら、瞬時に竿を鋭く持ち上げて合わせる。俺は大きな抵抗と手応えを感じ、その暴れる竿の下にいるであろうミナミマグロと格闘しながら、次第に糸をリールに収めてゆく。マグロとのファイトは体力勝負だ。こんな事を繰り返しているお陰か、六十近くなったこの老体でも、腕力は健在だ。
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