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「勲、ここで釣りしていくか? 釣れるぞ」
俺はいつもの質問をした。
「いやいや源治、こんな縁起の悪いところで釣りなんかできるかよ」
「そうかい。じゃあ場所を変えるか?」
「おいおい、こんな縁起の悪いクーラーボックスに、釣った魚を入れて持ち帰れるかよ」
と、ここまでがいつもの会話の流れだ。全く、この手の人種は何かと「縁起」を気にする。そんな事を気にしない俺が異常なのだろうか。
その釣り場は実際、釣れる。いや、正確には「釣れるようになった」と言うべきだろうか。その海域の底は砂質だ。普通、魚が留まる事はない。毎度、その海域の同じところに「ホトケさん」を投下するのだ。
そうすると、その一斗缶が海底で山積みになる。山積みになると、あらゆる小型の海洋生物のすみかとなる。次第に、それを狙った小魚が住み着く。すると最終的には、その小魚を狙ったヒラメやハタといった大型の魚が現れ、居着くのだ。
釣りの世界では、そういった岩場のような凹凸のある海底を「根」という。それを他の漁船が来ない遠洋に、何年もかけて作り上げたのだ。言わば、俺だけが知る秘密の釣りスポットなのだ。
皆、ハリのついていない仕掛けを投入して。釣りをするフリをして沖上がりの十四時まで過ごす。その間、俺は手持ち無沙汰なので釣りをするのだ。その日は座布団のようなヒラメが五匹と、キジハタが三匹釣れた。正直、食い飽きている。
ヒラメとキジハタ、それぞれ一番デカいのを一匹キープして、他は逃がしてやった。俺なんかに食われるよりも、釣り客に釣られて喜ばせた方が得策だったのだ。
その日も十四時に釣りを終わりにし、帰港したのは十五時半頃だった。
「源治、今回も助かった。また頼む」
「おう、それは構わないが、その『冷凍庫』の管理は計画的に頼む。こっちにも一般客がいるんだ。そうそう毎回急な依頼には応えられない」
「分かった分かった。じゃあまたな」
すると、他の組員達が空のクーラーボックスを軽々と運び、下船しながら言った。
「おやっさん、お疲れ様っしたー!」
「俺は、お前らの『おやっさん』じゃない!」
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