最期の役目

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 静止を振り切り、「あと一回だけ」と言って幼い弟が飛び出した。  だけど明らかに弟が求めている人ではない。それは見なくても分かることだった。  ガッカリしながら戻ってくる姿は哀れで、俺は励ますことに徹する。 「もう諦めよう。お兄ちゃんがいるだろ」  両親が帰ってくるはずがないのに、弟は期待を捨てきれていないようだった。  尋ねてくる人を対応する度に悲しさを滲ませ、俺の元へと戻ってくる。  それからうろ覚えの両親の顔を忘れまいとしているかのように、昔描いた絵をじっと見つめるのだ。  その絵は幼稚園で描いたもので、歪な人間が三人横に並び、手を繋いでいるというよくありがちな絵だった。 「いい絵だな」  俺が覗き込んで言うと弟はニンマリと笑い、機嫌が治る。 「幼稚園で描いたんだよ。これがお母さんで……これがお父さんで……」  指し示しながら弟が説明を始める。何度となく聞いた同じセリフであっても、「そうなのか」と俺は相槌を打つ。  足の踏み場もないような汚れたこの場所で、弟は純粋で穢れがなかった。俺は弟が飽きるまで話を聞いてやった。
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