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【1回目】
スマホのアラーム音で目が覚めた。
自分の部屋のベッドに、パジャマ姿で寝ていた。
スマホで今日の日付けを確認すると、一年前だ。
「……分岐点」
日付けを見ても、何かの記念日というわけでもないし、何も思い当たらない。
とりあえず、仕事に向かった。
些細なミスと虫の居所の悪い上司が重なって残業が確定した定時過ぎ。
「何だよ。残業か?」
パソコンに向かっていると、後ろから声をかけられ、振り返ると寿樹が立っていた。
俺は黙って顔をパソコンに戻す。ただでさえイライラしているのに、寿樹の顔を見ていたら余計頭に血が上る。
「時間かかるのか? 店予約してるから、先に行って瑠唯ちゃんと飲んでるぞ」
「え?」
瑠唯の名前が出て、もう一度振り返った。
「何だよ。忘れてたのか? 今日三人で飲む約束だろ。早く終わらせて来いよ」
そう言うと寿樹は行ってしまった。
今日って、もしかして……。
一時間ほど残業した後、混雑した電車に乗り込む。
今日一日、重要な選択を迫られるような場面は無かった。
やはりこの後……。
考え事をしながらも、目は何度も、右斜め前にいる女性の後姿に向いてしまう。電車に乗る前顔を見たが、明るいベージュのスカートスーツが似合う、可愛らしくて大人しそうな女性だった。日中のイライラを鎮めるためには癒しが必要なので、彼女の側に乗り込んだのだ。
「この人痴漢です!」
急に、見つめていた女性が振り返り、俺の右隣に立っている男の腕を掴んで叫んだ。男は掴まれた腕を振りほどき「違う! 俺じゃない!」と取り乱している。
俺は驚いたが、咄嗟に女性を庇って男との間に入り「次の駅で降りましょう」と男に言った。男は抵抗を見せたが、周りの人たちにも取り囲まれ、渋々次の駅で降りた。
駅員に男を引き渡し終えると、被害者の女性が泣いていることに気が付く。
持っていたポケットティッシュを手渡しながら「大丈夫ですか? 良ければこれどうぞ」と声をかけると、女性は驚いた顔でこちらを見た。
「あ……あの、助けていただいてありがとうございました!」
彼女はティッシュを受け取り、礼を言う。
「私、杉谷範子と言います。あの、改めてお礼がしたいので、連絡先を教えていただけませんか? 今度お食事でもご馳走させてください!」
「いえ、食事は……」
前回同様、恋人を理由に断ろうとして、瑠唯の裏切りを思い出した。
俺はこんなにも誠実な恋人だというのに瑠唯の奴……!
だが、寿命を延ばすためには仕方がない。
「恋人がいるので、女性と食事はちょっと……。お気持ちだけで十分です」
俺が断ると、範子はあからさまにがっかりした。
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