クレーンゲームをもう一回

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 先輩は趣味とかないんですか~?  え、遊ばないんですか?   嘘ぉ、そんなんじゃ出会いとかもないんじゃないですか~?  夕方が夜に変わる駅前に向かう途中の事だった。 「んなまいきぃいいいい!」  後輩からの言葉が脳裏をリフレインして思わず頭を掻きむしった私。  通行人に奇異の目を向けられ、視線から逃れるように早足で、なんだか騒がしいお店の中に入った。  トイレを借りて、崩れた髪型を直して、冷静さを取り戻すことにした。  今度は人がいないことを確認して、鏡台を睨む。  少しくたびれたアラサーの姿が映った。 「はぁ……」  仕事一筋30歳。  出会いなんて、遊びなんてなくたっていいじゃない。  あんたに私の何がわかるの?  その場で言い返せなかった自分が情けない。  真面目に生きてきたのに、なんでこんな気持ちにならなければいけないのか……。  トイレから出て改めて店内を見回すと、目がちかちかする照明に、音の出るクレーンゲームの筐体が何台も設置されていた。 「ゲームセンターだったのね……」  後輩への悔しさと、奇行の恥ずかしさでろくに店を見ずに入ってしまった。  アラサー独り身の私はこの場ではすごく場違いに見えるに違いない。  早く店を出なくては……。  自動ドアに向かおうとした私は、入り口から入ってきたカップルを見て、思わず傍の筐体の影に隠れた。 「ねえねえ、今日はぬいぐるみ系がほしいな~」 「ぬいぐるみかぁ。任せな!」 「やったぁ!」  頼りがいのありそうな男の腕に笑顔で腕を絡めるのは、私に「出会いがないんじゃないですか~?」と言ってきたあの子だった。  そりゃ、定時上がりだし、仕事終わりに彼氏と遊んじゃいけない法律はないけど……なんて恨めし……間の悪い。 「チャラチャラしたいいご趣味ですこと……けっ」  私は筐体の影に隠れながら、彼女たちとは別のルートでゲームセンターの外へ向かう。  なんでこのお店入り口が一つしかないの!  イライラを募らせながら、クレーンゲームの筐体の間を進んでいくと、視線を感じた。  まさかあの子にバレたのか?  振り返るが、後輩とその彼氏はクレーンゲームに夢中で私の方を見向きもしていない。  視線の正体は、クレーンゲーム機の中から私を見つめる子猫のぬいぐるみだった。 「なんだぬいぐるみかぁ……私今忙しいの、ごめんね?」  その子猫のぬいぐるみは真っ白でふわふわ。  物言わぬはずだが、どこか私に行かないでと言っているような……。 「はっ!?」  私はいつの間にか財布を開いて硬貨を漁っていた。 「ば、ばからしい! こんなぬいぐるみどこにだって売ってるに決まっているわ!」  ちらちら、と横目に見るたびに、ぬいぐるみと目が合う。  こ、これが一目ぼれってやつ? でも、今は……。 「どうかなされましたかお客様?」  いつの間にか、爽やかな店員さんが私の傍に着て微笑んでいた。 「え、あ……な、なんでもないです……」  ぬいぐるみに背を向けようとすると、店員さんは筐体を開けて、ぬいぐるみを景品獲得口に近いところにセットし直してくれた。 「こちらのぬいぐるみをご希望のようでしたので、獲りやすくしました。よかったらやってみてください」  店員さんは優しくそう説明した。  え、なにこの人。  私がぬいぐるみをチラチラ見てたから?   もしかして……私に気がある? 「はい……」  思わず100円玉を筐体に投入する。  軽快な音楽が鳴り、ボタンを押すとアームが動き始めた。  狙いを定めてアームでぬいぐるみを動かすが、子猫のぬいぐるみはなかなか景品獲得口に落ちてくれない。 「もう少し手前を狙ってみてください」「あと少し前」「アシストしますね」「今度こそ取れますよ!」  店員さんは下手くそな私に優しくアドバイスをしてくれる。 「も、もう一回……!」  営業なのはわかっている。だけど、店員さんがこんなに優しくしてくれることってあるの……? 「あ……」  ドキドキして操作を誤り、アームはぬいぐるみにかすりもしないところへ。 「諦めないでくださいね」  店員さんは微笑んで、ぬいぐるみをアームで一押しすれば落とせるくらいの位置に持ってきてくれた。 「もう次で獲れますから! 絶対いけますよ!!」  無意識なのか、ナチュラルに手を握ってくる店員さん。  や、やっぱりこの人私に気があるんじゃ……? 「……あと一回だけ」  顔から火が出そうだった。  これはクレーンゲームが下手くそな自分が恥ずかしくて? それとも、私、この店員さんに……。  財布から取り出した100円を筐体に投入し、アームの操作ボタンを押す。  あとはぬいぐるみが落ちてくるのを待つだけで……。 「あれ~? 先輩~?」  聞き覚えのある声音に、私の顔に上った血が一気に下がった。  ボスん!  同時に、ぬいぐるみが景品獲得口へ落ちた。 「おめでとうございます!」  店員さんが満面の笑みで祝福してくれるが、感謝を述べたり、私に気があるのか聞いている時間はない。  私は白い子猫のぬいぐるみを奪うように景品口から獲り、ぬいぐるみで顔を隠しながら出口へ向かった。  もふもふ、可愛い! 「人違いですぅ!!」 「あれ、先輩だと思ったのになぁ……。」 「ああ、お客様!? ま、また来てくださいね!!」  背後から店員さんの声が追いかけてくる。  確信した。  絶対あの人私に気がある。私がぬいぐるみに一目惚れしたように、あの人も私に一目惚れしたんだ!  ダッシュで人ゴミを駆け抜けた私は、駅前広場から見える狭い夜空を見上げた。  ほほのにやけが止まらない。 「また行こう……」  趣味とか遊びはあった方がいいのかも。  私は白い子猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、改札へ向かった。
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