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柳は高原の部屋を出ると、すぐに自身のデスクに向かい、メール作成に取り掛かった。
人事に送るメールの作成をする片手間、移動が確定した男に事情を聞くため、電話をかけていた。
男は、五コールほど経ったあと、
「は、はい! 尾野です。あ、あの、えと……」
と落ち着きなく答えた。
柳は慌てる男に、まずは何があったのかを優しく尋ねた。
男はしどろもどろに、先ほどのことを柳に語った。
男の状況を伝え聞くと、柳は思わず、といったように頬をひきつらせた。
何をしてくれてんだ、この野郎。
非常識にも程がある。
と言いたくなる気持ちをグッと抑え、柳はとにかく早く社に戻ってくるように伝えた。
そこで電話を切り、これからすべき行動を脳内で素早くリストアップしていく。
それをメモに書き起こし、高原が見やすい体裁にワードで整え、高原に文書の添付したメールを送った。
男の処遇についても必要な書類をそろえて行く。
これはもう紛れもなく、社長秘書失格の失態である。
これから、第二社長秘書をどうするのだろう。また新人を引っ張ってくるのか。
しかし、新人を引っ張ってくると、このようなことになりかねない。
かと言って、別の部署で育った人間を引き抜くとなると、そこの仕事が──
柳はただただ、第一社長秘書の仕事の負担が増えることを少し憂鬱に感じるのであった。
呑気なことに、尾野という男は、自身が左遷した事実など想像もしていなかった。
高原の車をぶつけたものの、高原にも柳にも、それほど怒られなかったことにひたすら安堵していた。
いっそ哀れなほどに愚かな人物であった。
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