百夜通いのその先は

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 そこはたくさんの草花が風に揺れる、たいそう趣のある庭でした。  侍女に続いて、月明かりを頼りに若者が小道を進んでいくと、御簾(みす)が垂らされた広い部屋の前に出ました。  御簾の向こうには、ぼんやりとした人影が浮かび上がって見えました。   「姫さま、鳥刺しどのが屋敷をお訪ねくださいました。姫さまの琴に、心ゆくまで鳥寄せ笛をお合わせくださるそうです」  侍女がそう告げると、御簾の向こうの人影は、小さくうなずくように動きました。  侍女は、軽く頭を下げ、もと来た道を戻っていきました。  やがて、先ほどとは違う、心が波立つような調べを琴は奏で始めました。  若者も、胸を高鳴らせながらおのれの技を駆使し、複雑な節でそれに応えました。  琴と笛は、追ったり追われたり、ついたり離れたりしながら、竹林を渡る風も交えて幽玄な音の世界をその庭に作り上げていきました。  ひとときも休まず、小一時間も夢中で掛け合いを続けたところで、再び侍女が現れました。 「月が、傾いて参りました。姫さま、そろそろ鳥刺しどのにはお帰りいただくことにいたします」  侍女はそう言って、若者へ紙に包んだ金子を差し出しました。  若者は断ろうとしましたが、御簾の向こうから悲しげな目で見つめられているような気がしたので、礼を言って素直に金子を受け取ることにしました。 「『明晩も、ぜひお越しください』と、姫さまは仰せです。久しぶりに、音を合わせることができて、たいそう楽しい時間をお過ごしになれたようです」 「わたしの方こそ、姫さまの琴のお相手をさせていただき光栄でした。次回はもっと良い音色をお聞かせできるよう、鳥寄せ笛の稽古に励みます」  若者は、改めて侍女に礼を言い、木戸を通って屋敷の外に出ました。  空を見上げてみれば、思っていたよりも月は傾いておらず、何だか不思議な感じがしました。  若者は、家路を急ぎました。  山の小さな苫屋では、妹が粥を炊いて若者の帰りを待っていました。  家に着いた若者は、「良い値で鳥を買ってもらえた」と言って、妹に金子を渡しました。  妹は、金子の重さに驚きましたが、兄はすぐに横になってしまったので詳しい話を聞くことはできませんでした。
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