百夜通いのその先は

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 翌朝、いつものように夜明けと共に起き出した若者は、山へ小鳥を捕らえに出かけました。その日は、鳥寄せ笛を吹いても、小鳥がそれに応えることはありませんでした。  以前捕らえて家で飼っていた小鳥が、だいぶ鳴き方が上手くなっていたので、そちらを売りに行くことにしました。    都の大路で小鳥を売り歩いていると、馴染みの商人が高値で買い取ってくれました。  若者は、商人から受け取った金子で、妹のために櫛を買いました。  家路をたどるうちに、いつの間にか昨日訪ねた屋敷の前に来ていました。  木戸の前に立っていると、彼を待っていたかのように琴の音が聞こえてきて、昨夜と同じく侍女が木戸を開けました。 「ようこそ、おいでくださいました。姫さまは、それはそれは楽しみにされておられました」 「気づいたら、足がこちらを向いていました。ご迷惑でなければ、もう一夜ご一緒させていただきたいと思います」  その晩も、琴と笛は美しく響き合い、庭の虫たちも鳴くのをやめて二人の掛け合いに聞き入っているようでした。  娘が奏でる琴の音は、昨夜よりもさらに艶めき、若者は胸を打たれました。  あっという間に時は過ぎ、気づけば侍女から金子を受け取り、いとまを告げる頃合いとなりました。  手にした金子を懐に収めようとしたとき、何かが若者の手に当たりました。  昼間、妹のために買い求めた櫛でした。  若者は、櫛を手に取ると、こう言って侍女に渡しました。 「妹のために買い求めたつもりでしたが、本当のところは、姫さまにこれを差し上げたかったのだと今気づきました。つまらぬ物ですが、姫さまにお渡しください」 「まあ、ありがとうございます。姫さまは、きっとお喜びになりますよ」  侍女は、櫛を押し頂きながら、うっすらと涙を浮かべて微笑みました。  その顔を見て、若者の胸のつかえはすっかり消えました。  こうして訪ねてきていながら、心の片隅では、ここはやはり狐狸の館で自分は化かされているのではないか、最後には食われてしまうのではないかと思わぬわけではなかったのです。 「また、明日も参ります」  きっぱりそう言って、若者は屋敷を去って行きました。
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