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若者が、屋敷を訪ねるようになって、ひと月が過ぎました――。
若者の暮らしは、いつの間にかすっかり変わってしまいました。
朝起きると、多少の雨が降っていても山へ出かけていきました。
しかし、それは、小鳥を捕まえるためではありませんでした。
鳥寄せ笛の稽古をするためでした。
若者の鳥寄せ笛は、驚くほどの腕前に達していました。
本物の小鳥の声と聞き間違えて、様々な小鳥が寄ってきました。
しかし、若者がそれらを捕まえることはなく、えさを与えるだけでした。
山から戻ると、若者は何も持たずに都の大路へ出かけていきました。
夕方になると、これまで通り金子を手にして戻ってきました。
妹は、何も売り物を持たずに都へ出かけた兄が、金子を持ち帰ることを不審に思っていました。それで、一度だけ兄の後をつけてみました。
兄は、「以前鳥を売った家を訪ね、より良い声で鳴くように笛で躾けてお金をもらっている」と妹に話していましたが、そんなうまい話を信じられるわけがありません。
案の定、兄は、都からの帰り道で瀟洒な屋敷に入っていき、そこでずっと鳥寄せ笛を吹いていました。
どうやら、その家の者が奏でる琴に、笛の音を合わせることを務めとしているようでした。受け取る金子の額にしては、あまりに取るに足りない務めに思えました。
妹は、近くの寺の僧を訪ね、兄の行いについて相談することにしました。
妹の話を聞いた僧は、いろりの火を見つめながら静かに言いました。
「そなたの兄は、何かに魅入られてしまったのかもしれぬな。しかし、人としての暮らしを捨てたわけではないし、生きるための金子をきちんと手に入れているのだから、それほど恐ろしいものではないだろう。そのものが、そなたらの家を訪ねてくるようになると厄介だがな――」
その寺の寺男は妹の幼馴染みで、互いに相手を好ましく思っている間柄でしたので、兄妹のことを心配して、「仕事の合間に自分も家を訪ねよう」と言ってくれました。
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