百夜通いのその先は

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 *  目覚めたとき、若者は一羽の小鳥になっていました。  竹で作られた繊細な籠に入れられ、広い庭を見下ろす高殿におりました。  傍らには、美しい娘が琴を前にして座っていました。  小鳥は、そこに娘がいるだけで嬉しくて、高らかにひと鳴きしました。  それを受けて、娘の奏でる琴の音がゆったりと響き始めました。  小鳥の声と琴の音は、一体となって高殿全体を満たしていきました。  その音を耳にした者は、怒りや苛立ちが消え、心がゆっくり凪いでいく気がしました。  庭の池の鯉も柳の根本の蛙も、ゆったりと音色に身を任せていました。  そんな平穏な日々が永遠に続くことを、小鳥は信じていました。  ある日、娘が、いつになく暗い顔をして小鳥の前に現れました。  そして、彼女の身に降りかかった恐ろしい運命について話しました。 「ある男と大王(おおきみ)の地位を争っていたお父様が、争いに負けて離れ島へ行くことになってしまったの。わたしは人質を兼ねて、新しい大王となるその男の元へ嫁がねばならないそうなの。おまえの美しい声に琴を合わせるのも、今日が最後よ」  話を聞いても、高殿の外の世界を知らない小鳥には、細かいことはよくわかりませんでした。  ただ、娘の奏でる琴の音を、明日からはもう聞けなくなるのだということはわかりました。  その日の琴は少しだけ哀調を帯びていましたが、小鳥は娘を喜ばせようといつも以上に明るく高く鳴きました。  琴を弾き終え部屋を出て行くときに、娘は小鳥の籠のそばへ来ました。  そして、そっと籠の戸を開けました。 「長い間ありがとう。一時は、おまえを連れて行くことも考えたけれど、おまえだけでも自由にしてあげることにするわ。どこでも、好きなところへ飛んでいって、思う存分その声を響かせなさい。おまえが自由に生きて鳴いていることを心の支えにして、わたしは、不自由なとらわれの身となっても嘆かずに生きていくことにするから――」  籠から出た小鳥は、娘の手に跳び乗りました。  娘は、もう一方の手で小鳥を優しく撫でながら言いました。 「もしも、生まれ変わることがあったら、どのような姿になっていようと琴を奏で、おまえが訪ねて来るのを待つわね。おまえも、わたしの琴の音を聞いたら、どんな姿になっていてもわたしのところへ来てね。おまえが百夜通い続けてくれたなら、今度こそ二人とも自由になって共に生きていけるよう願をかけておくから――」  娘は、手の中の小鳥を空へ向かって放り出しました。  小鳥は、驚きながらも力強く羽ばたき、空の高みを目指して飛び立っていきました。  娘が奏でた琴の音を決して忘れまいと胸に誓い、小鳥は天へ向かって力強い声でひと鳴きしました。  *
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