6人が本棚に入れています
本棚に追加
いつの頃からか、都の外れ、川の畔に建つ瀟洒な屋敷には、謎めいた娘が侍女と二人で暮らしているという話が人々の間に広まりました。
娘は、その昔大王の一族であった人の血を引く、たいそう高貴な生まれの姫で、見目麗しく、知性に富み、全身からは百花を集めたような瑞瑞しい香りがすると噂されていました。
いずれは、今の大王かそれへ連なる人の妃となるために、このような場所で世間と交わらず暮らしているのだと申す者もいました。
一方で、娘は恐ろしい呪いだか前世の罰だかによって、大蛇か鬼女に姿を変えられ、このような場所に閉じ込められているのだと申す者もいました。
しかし、娘と言葉を交わしたり、その姿を見たりした者は、誰一人いなかったので、全ては謎のままでした。
夕刻になると、屋敷からは雅でどこか寂しげな琴の音が流れてきました。
それは、いかにも美しい娘が奏でていそうな音色でしたので、その音に惹かれた男たちが、一目でいいから娘の姿を拝みたいと次々屋敷を訪ねてきました。
しかし、屋敷の門は、つねに固く閉ざされ、共に暮らしていると言われる侍女でさえ、姿を見せることはありませんでした。
愚かな者は、無理矢理屋敷の中をのぞこうとして、塀に穴を開けたり、高いはしごを塀にかけたりしました。
しかし、琴の音は聞こえてくるのに、屋敷の建物は竹林に隠されていて、娘の姿を目にすることはできませんでした。それどころか、そんなことをした不埒者の多くは、ほどなく現れた捕吏に捉えられ都を追われることになりました。
やはり特別な存在なのだと、娘の評判は益々高まっていきました。
しかし、所詮手の届かない女です。
出会えた者がいるらしいとか屋敷に入れた者がいるらしいという話も、いっさい聞こえてくることはなく月日は過ぎていきました。
いつしか、屋敷の塀の周りをうろつく者を見かけることもなくなり、娘の話題が人々の口の端に上ることもめっきり減りました。
最初のコメントを投稿しよう!