1.都市伝説の始まり

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 朝、俺が教室の扉を開けた瞬間、俺を指さして甲高い声で悲鳴をあげたのは、植村とかいう女子生徒だった。小学生のノリが抜けないままの、残念なグループの一人だ。  初めの俺は悲鳴にこそ驚いたものの、奴は俺と目が合った瞬間、ゲタゲタと笑い出して気味が悪かった。何だよ、とそいつに声をかけても無視され、ニヤニヤと笑いながら周りの女子とヒソヒソ話までしだしたので、俺は首を傾げて席に着いた。 「……何?あれ」 「さぁ?本人に聞いてみれば?」  隣の席に座っていた奴に聞いてみたはものの、そいつも苦笑いみたいな微妙な顔をしながら教えてはくれなかった。  こっちの声かけには反応しなかったくせに、おいだのクズだの、好き勝手な暴言が後ろから飛んできた。たぶん俺に向かっての言葉なんだろうけど、このまま振り返って、自分のことだと思ってるなんて言われるのも気分が悪いので、こちらも無視することにした。その後もしつこく声をかけてきた挙げ句「無視すんなよ」と植村が怒鳴るものだから、舌打ちをしつつ首だけで振り返ってやる。 「キッショ、舌打ちされたんだけど」 「舌打ちされるような自分の態度をまず考えろよ」  頭の悪いガキみたいな知能しかない奴らの相手なんて、真面目にやるだけ無駄でしかない。できるなら放っておきたかったが、いい加減しつこいのでイライラしつつも仕方なく言い分を聞いてやろうってのに、そいつは呼びかけておきながらニヤニヤしたまま、一向に話そうとしない。  よくある面倒くさい奴らの、よくある面倒くさい遊びに巻き込まれたのかと思っていた。植村はニヤニヤしながら俺に近づいてきて、目の前に自分のスマホ画面を見せてきた。近くて見づらいそれは、俺の親父らしきおっさんの後ろ姿と、そいつと手を繋ぐ制服姿の見知らぬ女子の写真だった。 「これ、あんたの父親でしょ?」 「……知らねえけど」 「知らないわけないじゃん。自分の親なのに」 「本人かどうか知らねえって言ってんの」 「どう見たってあんたの身内じゃん?女子高生と手繋いでさ、キショいって」  大声で指摘しながら、後ろにいた女子どもと一緒になってぎゃはぎゃはと笑い出した。でかい声で話すものだからイヤでも周りにも聞こえてしまい、冷たい目でこちらをチラチラと見る奴も出てくる。一方的すぎて、言いがかりもいいところだ。  そりゃあ確かに写真はうちの親父と似ていたかもしれない。けど、後ろ姿じゃ正確な事なんてわからない。夜に撮られた写真らしいから、街灯はあっても少々見づらい。女子の方は制服はうちの学校のじゃないし、当然俺の知り合いでもない。それに詳しくはないが、女子の撮った写真なんて、加工アプリで全く別人にでも仕立てられるんだろ?大体、うちの親父っぽいおっさんが知らない女子と手を繋いでただけで、なんで俺がこんな風に罵倒されなきゃいけないんだ。  というかそもそも、なんで俺の親父をお前が知ってるんだよ。  言いたいことは山ほどあったが、そのどれがこいつに伝わるというのか。どの言葉にも一方的な返事しかしないで、聞く耳もないくせに声だけはでかいこの女に。反論は山ほどあったが、そのどれもが言葉にまとめることすら億劫で、顔をしかめながら俺はそいつを睨むことしかできなかった。それを、ぐうの音もでないのだと喜んだこの馬鹿は嬉々として、教室にいた奴らに誰彼構わず写真を見せびらかし始めた。俺の親父が、女子高生とデートを常習する最低野郎だと、罵りながら。  小学生みたいな言葉遣いに更に顔が歪む。何より苛立ったのは、仮にこれが本当にうちの親父だったとして、どうして俺がこんな奴に馬鹿にされなきゃならないのかということだ。 「血筋がキモいって言ってんの。だってキモいおっさんの息子も、キモいおっさん予備軍ってことでしょ」
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