願い事はあとひとつ

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 半信半疑の願いは、簡単に叶ってしまった。ただし、世界は簡単には変わらなかった。  子供の頃からそうだった。パステルカラーの文房具、流行りのシール、大人っぽいチェック柄のスカート。高揚感が溢れるのは手に入れた瞬間だけで、次の日には雑多な所有物のひとつに成り下がってしまう。  ――理子、寛人と付き合ってるんだって?  ――いいなー、理想の彼氏じゃーん  クラスメイト達の羨望の言葉は、嫉妬の裏返しだ。陰で何を言われているか分かったもんじゃない。 「理子、一緒に帰ろう」  そんな私のクラスでの絶妙なバランスを知ってか知らずか、寛人はのん気にもマイペースだ。試験も終わり、夏休みを待つだけの一学期の終わり。私は荷物をまとめて、寛人と並んで昇降口を出る。  梅雨が明けたばかりの放課後の景色は、正門横の樹木さえも輝いて見える。 「暑ちぃなー」  そう言って目を細める寛人の首元には、一筋の汗が光っていた。日差しを映す白いシャツの眩しさが、ささやかな罪悪感をちくちくと刺してくる。私は、寛人を好きなわけではない。 「八月の最初の日曜日さ、花火大会があるよな」  教室で耳にするものよりもワントーンほど落ち着いた声が、真夏の空気に混ざる。 「花火、一緒に行こうよ」  鞄を片手で持ったまま笑う寛人の本当の気持ちを、私は分からないままだ。なぜ、私と付き合っているのかも。  帰宅すると母は留守だった。小学生の頃から住んでいる木造二階建ての家。幼い頃にはマンションで暮らしていた私は、階段のある一軒家に憧れ続けていた。両親がマイホームを手に入れたのと同時に叶った願いのひとつ。今となっては統一性のない雑貨で溢れ返った部屋の真ん中で、私は混乱していた。  私が欲しがったのは、寛人の彼女という立場だけだ。その先にある景色が具体的に押し寄せてくるたびに、私は身動きが取れなくなる。しょせんは偽物の恋愛ごっこだった。  スカートのポケットに入れっぱなしのボタン。思わず手に取って、押してしまった。 「世界一可愛い浴衣をゲットできますように」
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