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「大変なことになりましたね」
加藤が腕組みをする。
どちらかが犯人――でも、簡単に自供しないだろう。だったら先制攻撃だ。
「私からでも、いいですか?」
俺は2人の顔を順に見た。
「真面目そうだけど、悲惨な話なんてあるのか?」
「榊原さんが、先に悲惨な話をして頂けるなら、お譲りしますが」
榊原は喉をグッと鳴らして押し黙った。
「話します!」
スピーカから返答があった。
「お願いします。とびっきり悲惨であらんことを」
「私は……最愛の妻を失いました」
間髪入れずに2人を観察した。
「殺人でした」
榊原は右眉を少し持ち上げ、加藤は分かりやすく目を見開いた。
「いつの話でしょうか?」
「15年前です」
榊原がビクッと右手を震わせた。
彼は60歳近くに見える。犯罪を犯していてもおかしくない。
加藤は?
15年前だと20歳前後か。少々若いが、犯罪を起こす人間がいる年齢ではある。
「都内のマンションに住んでいました。結婚して、子供は小学1年生。セキュリティが整ったマンションに住めばよかったと、後悔しています」
俺は言葉を切って2人を交互に見るが、無言だ。
「犯人は、宅配便の配達を装って、家に入り込みました。オートロックじゃなかったので、自宅まで業者に運んでもらっていたのです。子供は塾、私は仕事、部屋には妻しかいませんでした」
加藤が目を泳がせて、俺から視線を外した。
動揺しているのか?
妻は美しかった。美しいだけではない。いくつもの会社を経営する資産家のご令嬢。偶然の出会いがなければ、サラリーマンが出会える人じゃなかった。
――私がマンションを用意するので住みなさい。遠慮はいらない。
彼女の父親は、そう提案した。
セキュリティ完備の高級マンション。しかし、見栄をはった俺は、提案を断った。妻も「あなたが、そう言うなら」と同意してくれた。
提案を受けていれば、事件は防げたはず……。
「家に帰ると……頭から血を流して、妻が倒れていました」
俺は苦悶の表情を作って目を伏せた。そして、上目遣いに2人を確認する。
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