スーパー銭湯に閉じ込められた、3人の男

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 榊原の目が血走っていった。刺すように俺を見ている。加藤は反対に、俺には視線を向けずに貧乏ゆすりをしていた。  犯人は俺の顔を知らない。  事件後、取材を徹底的に断った。精神が不安定で、それどころではなかった。結果、俺の顔が世間に公表されることはなかった。 「犯人は捕まったのですか?」  電子音声が尋ねる。 「いえ……もう、難しいかもしれません」 「手がかりは?」  それが、左肩のアザだ。  マンションには、画質の悪い防犯カメラがついていた。犯人の顔は特定できず、分かったのはアザだけだった。  警察から、その情報は伏せるべきだと提案があったので、公表しなかった。 「悲惨ですね。お子様は?」 「子供……息子です。事件後、実家に引き取ってもらいました。妻の実家です。私はうつ病になってしまいました。仕事を辞め、入退院を繰り返しました。それ以降も、正常な生活が送れず、今は日雇いの仕事で生計を立てています。息子とは会っていません」 「息子さんには、事件のことを伝えましたか?」 「可哀そうなことをしました。私は、倒れている妻を発見したあと、その場にいるのが苦しくなり、寝室に移動して110番をしました。なんと、その間に息子が帰ってきてしまったのです。そして、母親を見てしまった……」 「子供に母親の死に姿を見せてしまった後悔で、育児を放棄したと」 「そうかもしれません。今年で20歳になります。手紙を送ったのですが、返事はないです。寂しいですが、仕方がないです。逃げたのは私ですから」 「これはこれは、悲惨な話、どうもありがとうございます」  電子音声の返答を聞いて、俺はマズいと思った。クリアしてしまったら、犯人を暴くことができなくなる。 「実は最近、楽しい気分になることが多いんです。過去を忘れて、自分のために時間を使う。この日々がずっと続けばと思います」 「……聞き捨てならないですね。これまでの話が、悲惨とは言い切れなくなりました」  榊原がチッと舌打ちした。 「残念、クリアならずです」  その言葉を残して、スピーカから音声が途絶えた。
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