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「父さんが警察に連絡しているとき、僕、母さんと話したんだよ。意識が一瞬だけ戻ってね」
「……!?」
「母さんは言った。『殴ったのは父さん。私を殺して浮気相手と一緒になるつもり』とね」
言葉を完全に失った。
まさか、通報している間に、そんなやり取りがあったなんて。
俺は当時、浮気をしていた。それが妻にバレて喧嘩ばかりだった。弁護士を立てて話す、その手前までいっていた。
「何か言ってよ! 父さん!」
「ケケケ、傑作だな。やっぱりオレが殺したんじゃなかった。これは、悲惨だ。妻を殺した犯人を見つけたつもりが、自分の悪事を暴露されるなんて。クリアでいいだろ。オレたちの勝ちだ。さあ、出してくれ」
「いいだろう、君たちの勝ちだ」
カシャと、ドアが開錠される音がした。
「あばよ。親子水入らずにしてやるよ」
榊原は立ち上がり、右手をヒラヒラと振ってドアの方へ歩き出した。
「おじいちゃん、ここ、取り壊すんだよね」
「廃棄物処理場にする予定だ」
「後処理、よろしく」
その直後、耳に突き刺さる破裂音が室内に響いた。
「お、おい、約束……が……違う……ぞ」
背中から鮮血を吹き出して、榊原がバタッと倒れた。
撃ちやがった!
「あとは、父さんだけだよ」
「わ、悪いのは榊原だ」
花瓶で殴ったのは……俺だろ。しかし、言い訳が口から流れ出る。
「俺は……やり直す気だった。浮気相手とは別れるつもりだった。本当だ。しかし、あいつが……榊原が悪いんだ。殺してしまえばと、魔が差すきっかけを作ったのは、あいつだ!」
「榊原が侵入しなければ、僕らは家族でいられたと。そういうこと?」
「そうだ。そのつもりだった。悪いのは榊原だ」
その晩、妻に謝って、やり直す提案をするつもりだったのだ。
「信じられるわけ、ないでしょ」
拓也が、ゆっくりと拳銃のトリガーに指をかけた。
「すまなかった……俺には、撃たれるだけの理由がある。でも、最後に1つ聞かせてくれないか。なぜ、今なんだ?」
拓也は寂しそうにフッと笑った。その頬に、一筋の涙が流れ落ちた。
「父さんが悪いんだよ。二十歳を祝う手紙なんて送るから。僕はね、事件の衝撃で記憶障害になっていたんだ。両親は交通事故で死んだと聞かされていた。それが、手紙……あれを読んだときに、全ての記憶が蘇ったんだ」
ああ……因果応報、悪事は暴かれる運命だったのだ。
全てを理解した俺は、ゆっくりと目を閉じた。
――パンッ。
乾いた銃声が、風呂の水面に反響して何発もの発砲に思えた。
(了)
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