憑依 壱

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 女性が言った。四方がコンクリートのせいで、女性の声はマイクで喋ってるみたいに反響した。その反響すらも体の傷に響いた。愛人は唇を動かそうとしたのだが、声帯が震えなかった。喉が渇いた。全身の水分が無くなったみたいだ。 「先程も言ったが、お前は囚われた。もう逃げることも抵抗することも出来ない」  まるで学校の先生のようにゆっくりとした口調で女性が続けた。愛人に一歩近づく。ふわりと何かの香りがした。これは、線香(せんこう)だ。 「お前をこれから地獄へ連行する。私の数々の拷問(ごうもん)を耐えたのだから、もはや生身の人間であるはずがない」  訳が分からなかった。自分がどうしてここにいるのか。どうして鎖で繋がれているのか。どうして裸の上に傷だらけなのか。なによりも、地獄に連行されるとはどういうことなのか。  そこで、はっと気が付く。そうか、自分は死んでしまったのか。しかし、死んだはずなのに喉が渇く。砂を飲み込んだみたいに。  愛人は声を絞り出す。唾が出ない。「み、水」  ああ、と女性が頷いた。彼女の足元に金属のバケツがあった。まるでそう要求されることが分かっていたみたいに。
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