憑依 壱

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 女性はバケツを手に取り、躊躇(ちゅうちょ)なく愛人にぶちまけた。  冷たい水。染みる、染みる、傷に染みる。それから寒さ。冷たさなのか傷のせいなのか、痛い、痛い、最高に。それから失禁。ぶちまけられた水とは別の液体が股の間から、ジョロジョロと。鼻孔に水が浸入。むせる。ゲホゲホと。わずかに口の中に入った水分を喉奥に詰め込む。ゴクゴクと。  女性はやはり氷の眼球で愛人を見ている。  愛人は自分の体がどうして傷だらけなのかを思い出した。この女性にムチで何度も叩かれたのだ。あまりの痛みに気絶していたらしい。なんと勿体ないことをしてしまったのだ。  愛人は頬を持ち上げた。こんな最高なことがあっていいのか、と心の底から喜んでいた。  女性の表情が初めて変化した。細い眉の片方を持ち上げ、愛人に一歩近付く。右の張り手が飛んでくる。皮膚が弾かれる音。水しぶき。汗のように。更に左の張り手が頬を叩く。  愛人は、ああ、と声を出していた。素晴らしい、素晴らしい、ここは本当にあの世なのかもしれない。それも地獄なんだかではなく、天国だ。  女性の張り手は止まらない。ボクシングのワンツージャブのような流れる動きがとめどなく。
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