憑依 壱

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 鼻血が飛ぶ。口の中を切って、血の味が広がる。次第に赤くなる頬。熱を持つ、腫れてくる、痛み、痛み、強く、強く。  女性の攻撃は止まらない。今度は腹に踵がめり込む。飲み込んだばかりの水を吐き出す。  愛人は遂に声を上げて笑った。アハハハハハハッ、と。ここはやっぱり天国だ。最高の天国だ。 「常人なら笑ったりはしない」  諦めたように女性は言い、愛人のことをまじまじと見る。  センターパートの黒髪、丸い目と丸い鼻、色白で華奢な体、高校生にしては幼く見える。  愛人は笑いながら、どうした、と女性に尋ねた。「もう終わりなのか? もっと俺を殴れ、蹴れ、血を吐き出させろ」  女性が唾を吐いた。愛人の頬にピシャリと。 「化け物が」  女性はそう言って愛人に背を向け、扉を開けた。  そこには一人の男が立っていた。袖口の広い逆三角形のような(はかま)。開いた袖口からは白の布地。ボンタンのような股下が広く袖部分が細く膝まである。  そこから下は白の長い足袋(たび)。頭には略帽(りゃくぼう)というやつだろうか、後頭部から首周辺まで黒い布が垂れた帽子を被っている。 「こいつは間違いなく噂魔(そんま)だ。地獄へ連れて行く」
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