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そいつは消えた友だち
俺が最後にそいつと会ったのは小学校六年の夏休み。俺はその時、何年かぶりに夏風邪をひいた。何日も外に出られなくて、正午のチャイムが鳴る度に、ああ、今日も約束守れなかったなって、それだけが心残りだった。
何日目かで正午のチャイムが鳴り終わった時。いつもと違う長いサイレンが鳴り終わった日、忘れもしない。そいつが行方不明で捜索していますって放送が響いたんだ。
天気は晴れ。夏休み中なんだから学校もない。あいつが俺との約束を守っていてくれたんなら、正午はあの横穴に向かうはずだ。それなのに、そいつはいなくなった。
俺は家族に話した。今まで内緒にしてた友人のことを。
その日、山狩りってやつが行われた。あの小さな山の隅から隅まで、大人たちの手であいつは捜索された。
あいつは、見つからなかった。
山じゃない場所にいるかもしれない。その可能性もあったさ。でも、結果は同じだった。
あいつは姿を消した。
忘れもしない。
夏の暑い日。終戦記念日。八月十五日だった。
九月になって学校が始まってもそいつは見つからなかった。
一度だけ、両親に連れられてそいつの家に行ったことがある。何を言ったか、何を言われたのか覚えていない。ただ行ったことだけ、俺は覚えている。
山の木があかくなって、落ちていってもそいつは見つからなかった。学年が一個上がった。進学した。卒業した。また進学した。それでもそいつは見つからなかった。
俺はもう、あの横穴には近づくことはなかった。
正午のチャイムを聴くと、あいつが言ってたことを思い出すんだ。
穴の向こうに誰かいる。たくさんいる。だって声が聞こえるんだ。たくさんたくさん声が聞こえるんだ。お前は聞こえないのか? 聞こえるのは自分だけなのか? じゃあ、あの声は誰を呼んでいるんだ? 自分を呼んでいるのか? 風の音なんかじゃない。誰かいるんだ。この穴の奥にたくさんの誰かがいて、何か言っているんだ。
だから、ここには一人で立つな。
俺にあいつはそう言った。
そういえばあいつはいつも横穴の前に立つことはしなかった。俺を待っている時も、一人であそこに立つことはしなかったんだ。少し離れたどんぐりのなる木の下であいつは待っていた。あいつはあの横穴を避けていたのかもしれない。
誰も言わないけど、あいつはあの穴にいるなにかに連れ去られたんじゃないか。そう、思ってる。
何年も経ったけど、今でも小山は立派に残ってるよ。緑の葉が繁って、紅葉して、何かの花が咲いている。
でもさ、このご時世じゃ邪魔かもしれない。あの小山がなければもっと大きい道路や店、住宅地だって作れるだろう。それでも、あの小山は残り続けている。俺が産まれる前から、ずっと。
俺は両親に訊いた。あの小山に何があるのか、と。でも二人は知らなかった。もしかしたら、と、祖父母に訊けと言われた。俺はその通りにした。
祖父母は声を低めて言った。
「あの小山には防空壕がある。たくさんの人が中で亡くなった。最後の空襲が止んだ後に、何日しても誰も出て来んから塞いじまったさ」
あの穴は、防空壕だった。
戦時中に空襲から逃れるためにたくさんの人が奥へ奥へと逃げ込んだ。そして、その一番奥がどうなっているのか。誰も知らなかった。
あいつは戦争で亡くなった人たちに呼ばれたのか。俺にはその声が一つも聞こえなかった。だから、そうだとは言えない。
あいつが消えたのと、あの横穴が防空壕だったってことに関係があるかだってわからない。ただ、俺たちはずっと防空壕の前で会おうって約束し続けていたのは確かなんだ。
あれから二十年以上経とうとしている。
あいつの死体は見つからない。もちろん、生きた本人だって。
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