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そいつは今でも友だち
毎年終戦記念日になると、あの長いサイレンが鳴り響く。それを聞きながら、俺は黙祷する。
ずっと昔に国の為と言って戦ってくれた人たちと、国に帰れるかすらわからない人を待った人たち。それと、一緒に遊んだあいつの為に、俺は黙祷する。
約束を守りたいんだよ。また、あいつと話をして、一緒に小山を駆け回りたい。
もうあいつはいないってわかってる。
わかってるけど。
けど、どうしても最後にあいつを見つけてやりたかった。何処かに消えたあいつを。
でも怖いんだ。あいつが言ってたみたいに、あの横穴の奥に誰かがいたんだとしたら。俺たちは何の前で笑っていたんだろうって。
何かが、あの暗闇の奥から俺たちを、あいつをじっと見ていたんだとしたら。
だって、防空壕の奥にいるのは死者だろう。あの横穴の入り口は閉ざされているんだから。もう、誰も出てこられない。
夜中、布団の中で目を閉じて、防空壕の入り口を思い浮かべるんだ。立ち入り禁止になっている深い穴。
奥からは何かが聞こえてくる。俺の耳には届かなかったはずの音が、夢の中では容易く届いてくる。
遮っている鉄板が裏側から音を立てている。カリカリカリカリ、爪を誰かが立てている。そこから出たいって、呻いている。
一人じゃないんだ。二人、三人、四人、もっといる。
みんな、生きていたいんだ。
だから外に助けを求めて、出ようとする。
出ちゃいけない。爆弾が落ちてくるぞ。もっと奥へ。もっと奥へ。外へ出るな。危険がいる。穴の奥へ逃げろ。もっと奥へ。もっと奥へ。もっともっと奥へ。もう、逃げられない。
あいつの声が聞こえるんだ。助けてくれって。
でも俺はあいつの手を取れない。だって怖いんだ。あいつの手は、あんなに骨と皮だけだっただろうか。
わかっているんだ。もう、あいつは生きていないんだって。
もう、俺もあいつも約束を果たせないんだ。
夢の中ではあいつが叫んでる。
俺の名前を呼んで、助けを求めている。
ごめんな。ごめん。もう、助けられないんだ。
あいつがまだそこにいるってわかっているんだ。だから、俺は遠くからあの場所を見る。横穴があるはずの方を向くと、あいつの声が俺を呼んでいる気がするんだ。
あいつは、まだそこに立っていて、俺を待っている。知っているよ。
なんで知っているのかって?
俺には見えるんだ。防空壕の前に立つ少年の姿が。
どんなに遠くにいても、あっちの方を見るとみえるんだ。距離とか障害物とか、そんなの関係ない。俺には、あの横穴の前に立つあいつの姿が見える。あいつは今でも、俺を待っている。
俺には見えるんだよ。昔から。
きこえなくても、みることができる。みえてしまう。
ずっと見えていたんだ。
あの横穴から、無数の白い手が出ているのを。
あの穴は防空壕だった。知らないけど、解っていた。だから、入っちゃいけないこともわかっていた。俺たちは話題にはしても実際にそこで遊ぶことはなかったんだ。
ほら、今なら防空壕の意味がわかるだろ? また今年もサイレンが鳴っている。
あいつとの約束を守りたいんだ。でも、あいつがいる後ろには防空壕があって、俺はそれに怯えてる。
怖いんだ。死者の側に行くのが。
だから、まだ最後の約束は守れていない。
でもいつか、俺もあいつのとこへ行くよ。だって友だちなんだから。
ずっと昔の約束だとしても、俺はあいつとの約束を守る。
結局、あいつがいなくなった原因はわからないままだけど。
ああ、本人に会って訊くしかないよな。
亡き犯人はあいつの後ろで泣いているのだろうか。
それとも、俺の後ろで気づかないうちに嗤っているのだろうか。
今年も行方不明の放送と一緒に長いサイレンが響き渡った。
友よ。また、会えたな。
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