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川下は身体を動かすだけではいつも物足りなかった。
どこの国も恋をしている相手は人間でも異性でも自然でもなくビルばかりだ。
出来の悪いアラサー以上の歳が優しくみえる。
出来の良いアラサー以上が都会を愛しすぎたせいでみんな馬鹿になっちまった。
川下は今日くらい『オレ』と名乗ろうと思った。
なぜなら今日もランニング中に雨がふって橋のしたへあまやどりしていると中学生くらいの女の子がこちらを見ていた。
初めてだった。
オレを見て怖がらない子供は。
今のきそくが厳しい世間では多様性とは名ばかりの終わらない差別と偏見、強いものだけの意見がまかりとおっている。
清く正しい子供たちはもうヤンキーにもアスリートにもあこがれない。
ちょっと前までは名の知られたオレも隠れて生きていくことにしていた。
この女の子の前では誘拐犯と間違われないようにふるまわねば。
そうやってオレに好意を向けた女の子の気持ちをふみにじってある企画でYouTuberをなぐるのだ。
いくら恋愛よりも性関係ばかり優先し、男相手にはすぐ攻撃していたオレははじめて近づいてくれた中学生の女の子にはさぞかし幼くみえただろう。
もうやめてくれ。
高校生ではもっといい男をつかまえるんだ。
オレは静かなエンタメのために人をなぐる。
ここで【誰もなぐりたくない】と言えればかっこいいんだけどあいにくオレは必要とあれば男には暴力をふるう。
そのうち知りたくないことを知る女の子にはタトゥー以上に見られたくない大人 ようち な現実。
「あなたの笑顔。さわやかで好きです!」
幻聴か?
いや、今の声はちがう!
この子を恋に、落としたのか?
彼女を?
「なら、ちゃんと誠実にならないとな」
オレはスマホで別の友人に企画者をなぐってもらうことにした。
こんな時もあろうかと。
都合が良いのがオレの取り柄だ。
「いいか?君の兄貴ってことにして楽しむんだ!いいな!」
女の子はだまってオレの妹のふりをする。
別に橋の下から出るだけなのになんでこんなことをしなくちゃいけないんだ。
それでも女の子はまんざらでもないらしかった。
「さ、今日は何食う?」
オレってこんな笑いができるんだな。
サンドバッグをなぐりすぎた。
今日からヒトとして相手の恋を思いやってもいいだよな。
長続きしない甘い今をひとりで過ごさずにすんでよかった。
金や時間よりも大切なものをオレたちは探し続ける。
だから世間に負けられない。
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