第二話 マゴス

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第二話 マゴス

「よう、ジェサーレ君。俺たちと遊ぼうぜ」 「きょ、今日は友達と遊ぶ予定が、あ、あ、あるからダメだよ……」  朝、ジャナンと触れ合い回復したジェサーレの気分も、学校の帰りにいじめっ子のズングーリとムックーリ兄弟に待ち伏せされたことですっかり落ち込んでしまった。 「あ? そんなに俺たちと遊びたいのか」 「そそそ、そんなこと言ってないよ」 「聞こえねえな。返事をしないってことは、遊びたいってことだよなあ。早速あっちへ行こうぜ」  全く同じタイミングで同じことを言う双子の兄弟に挟まれ、ジェサーレは膝を震わせながら、〝あっち〟へ移動させられてしまう。  そうしてひと気のない空き地で待ち受けていたのは、いつもの殴る蹴るの暴力ではなく、紐で杭に繋がれた、まだら模様の犬だった。  けれど、ジェサーレはそれが何であるのかすぐに分かった。模様だと思ったのは血で、元々ふさふさしていた頭は痛々しくむしられていたものの、やはり野良犬のジャナンだった。 「ジャナン!」  ジェサーレは思わず声をあげて駆け寄り、両腕でジャナンをそっと抱きしめた。  傷だらけのジャナンは、そんな状態でもいつも通りに尻尾を振り、愛嬌をふりまく。 「ジェサーレ君が待ちきれなくてさ、代わりにお友達に遊んでもらったんだ」  ジャナンを抱きしめるジェサーレの背後から、二人の声が重なるように聞こえる。 「ど、どうしてこんなことをしたの?」  振り向かずに声を出す。 「だってさあ、生き物を殴るのってとても楽しいんだよ。スカッとするんだ。だから、ジェサーレ君のことも早く殴りたくてしょうがないんだよ。分かるよね?」 「分かるよね?」  生き物を殴って楽しいなんて言う気持ちはジェサーレにはとても理解できないし、理解したくもなかった。しかし、双子の兄弟は返事など待つ様子もなく、タガが外れたようにジェサーレの背中を殴り、腰を蹴り始めてしまったのだ。 「あははは! 楽しいなあ! ジェサーレ君、遊んでくれてありがとうね!」 「楽しいなあ!」 「痛い! やめて、やめてよ! どうしてこんなひどいことをするの!」 「楽しいんだからしょうがないよ!」 「そうだ、しょうがないよ!」  ジャナンをかばいながら、痛みと悲しみに耐えるジェサーレにはついに幻聴が聞こえてきた。 「■■■け、■■ティ■■シ」  幻聴をなぞるようにそのまま呟いてみたが、それで何かが変わるわけでもなく、ついに耐えられなくなったジェサーレは、今までずっと我慢してきた言葉を泣きながら叫んだ。  ――助けて。  ジェサーレは自分の頭が揺れた気がした。そして、少ししてとても静かになっていることに気が付いた。  ハッハッと舌を出すジャナンの息だけが聞こえる中で、恐る恐る後ろを振り返ると、そこにあったのは大の字に倒れているズングーリとムックーリの姿だった。 「え?」  ジェサーレは双子が死んでしまったのかと思って近づいて確認し、呼吸をしていたことに安心したが、それと同時に視線の先で目を見開いて、こちらを見ている男性にも気が付いた。 「あの……」  きっと、あの人が助けてくれたのだろうとジェサーレが声を掛けるが、しかし、「マ、マゴスだ」と怯えたように言い、走り去ってしまった。  そのことにジェサーレは首を傾げるが、今はジャナンのケガを治療しようと、紐をほどいて、その場を後にした。 「ただいま」 「どうしたの!? ケガだらけじゃない。それにシロまで」  家に帰るとシーラがいて、一人と一匹の様子を見ると、その顔はみるみる青くなった。 「シロじゃないよ。ジャナンだよ」 「早くお薬を塗らないと! 二人ともそこで大人しくしてるのよ! ジェサーレはシャツを脱いで!」  ジェサーレの抗議も聞かず、シーラは駆け足で台所と居間を往復して塗り薬を持ってくる。  そして目の前でビンの蓋を回して開けると、とても効き目が強そうなつんとしたニオイが漂った。  それを人差し指に付けて、まずはジェサーレの背中や腰のアザになっている部分に塗り込んだ。 「ひゃ」  薬と母の指の冷たい感触にジェサーレは思わず声を出してしまう。 「次はシロね。こんなになって痛かったでしょう?」 「シロじゃないよ。ジャナンだよ」  ジェサーレの二度目の抗議もやはりシーラには聞こえないようで、ジャナンの短い毛をかき分けながら、丁寧に薬を塗り込んでいった。 「こんなになるなんて、いったい何があったのか、お母さんに話してくれる?」  薬を片付け終わった母に真剣な表情で質問されると、どうやっても隠し事は出来ないように思えて、ジェサーレはジャナンと自分が双子に暴力を受けたこと、気が付いたら双子が倒れていたこと、近くにいた男性が走り去ったことなどを、正直にシーラに話した。 「ねえ、お母さん。マゴスって何なの?」  ジェサーレは、走り去った男性が言っていたことが気になってしょうがなかった。 「……その男の人は、血だらけのシロとうずくまるあなたと倒れている双子を見て、きっと事件だと思ったんでしょうね。だから恐ろしくなって、衛兵さんでも呼び行ったに違いないわ」  母には答えをはぐらかされ、ジェサーレはモヤモヤしたまま夜を過ごしたが、翌朝、いつものように母の声で目覚めて、朝食をとり、フワフワの髪の毛を整え、上機嫌で学校に行った。今日は一ヶ月に一度の魔法の授業があって、ジェサーレを始め、子供たちはみんな朝からワクワクしているのだ。
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