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さすがに狼男はつぎの動きをよんで、剣士の背後から短槍を突き出した。
剣士はその動きも織り込み済みだった。剣で背を守るように振り被ると、短槍の突きを剣の側面で受け流し、転身ざま剣を旋回させた。
剣先が狼男の顔面を撫でた。
「――っ!」
狼男が短槍を取り落とし、顔面を両手で覆った。
手の隙間から血がしたたり落ちる。
「誰も死んじゃいないよ。お前には、ヤマガミの所まで案内してもらう」
狼男は舌打ちすると、仕方なく剣士を山砦に案内した。
「ほう――、俺様にお前さんを雇えとおっしゃるので?」
ヤマガミと言われるだけあって、巌のような巨体の主だった。
しかもかなりの悪相だ。
気の弱い者なら見た目だけで気絶しそうな相貌をしている。
ヤマガミは案内してきた狼男の方をチラリと見た。
狼男は左の頬から口の端にかけて斬られていた。
これを乱戦の中で見切って斬りつけたものなら相当な腕前とみえた。
「おい、お前はどう思う?」
ヤマガミは狼男に聞いた。
「へい。かなりの達人の先生でいらっしゃるかと……」
狼男の言葉を聞いて、ヤマガミはひとつ頷くと。
「こいつがいうなら、間違いねぇ。先生のおちからを、ひとつ俺様に貸しておくんなせぇ」
と頭を下げる。ヤマガミは一度決めたなら挙措に迷いがない。
「もとより、そのつもりで参った。いい買い物をしたな――」
「いまバルマンの奴らがうるせえんで、頼りにしてますぜ、先生」
剣士はヤマガミの寝起きする山頂の御殿のひと部屋を与えられ、山砦の暮らしをはじめた。
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