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「おーい、開けてくれえ!頼む!」
扉が更に激しく叩かれた。
光男は今にも泣きだしそうな表情をしている。
「萩原、おまえ、そんなに冷酷なやつだったのか?この際だから言わせてもらうよ。俺は健三から加奈子のことを相談されたよ。健三は加奈子のことが好きで好きで、仕方なかった。でもよ、おまえに遠慮したんだよ」
わたしは光男を振り返った。
なんだって?健三は加奈子がわたしに靡いていたと知っていたのか。
「萩原なら、加奈子をとられてもいいと思ったって、告白した。俺さあ、てっきりおまえと加奈子がいっしょになると思ってた。だけど、おまえは加奈子を選ばなかった...」
「光男。加奈子は別の人を選んだんだ。俺でもなく、健三でもなく」
扉の外から咆哮のような叫びがした。
「あああ!後ろから、後ろから、雪男が迫って来る!助けて!今度こそ、食べられちまう!」
わたしはどうするか決断を迫られた。
その時、隙を見て、光男が閂の鍵を開けた。
扉が勢いよく開かれ、真っ白い吹雪とともに巨大な影が現れた。
わたしと光男は、その異様な姿に腰を抜かした。
全身毛むくじゃらの巨人は赤い目をらんらんと輝かせ、口からはよだれを垂らしていた。
山小屋の天井に頭がつきそうなほどの雪男は、ゆっくりとした足取りで入って来た。
突然、長い腕を伸ばすと、光男の首を掴み、一瞬にして首を捻じ曲げた。光男は抵抗する間もなく、息絶えた。
わたしは壁に立てかけてあった鍬を両手に持ち、構えた。
雪男はわたしを見下ろし、舌なめずりをした。
「お友だちは腹の中だ。はああ。まだ満腹にはなっていない。おまえたち二人で、心おきなく住処に帰れそうだ。そんな鍬ひとつで抵抗するつもりなのかな?」
「クソ!健三を食いやがって!」
「ハハハ。美味かったぞ。程よい筋肉がついててな。やっぱりクライマーは美味だ。冥土の土産に教えてやろう。君のお友だちに、片思いだった女性について訊いた。お友だちは真実を言えば助かると知っていたらしい。お友だちは彼女をビルの屋上から突き落とし、自分も後追いをしようと告白したよ。何せ真実を告白すれば見逃してもらえるっていう伝承があるからな。だけど、そんなのは俗説。雪男には関係ない。目の前にご馳走があったら、食べる。それが雪男のルールさ」
わたしはショックで膝の力が抜けた。健三は加奈子を殺して心中しようとしたが、できなかったのだ。
どうして?加奈子の人生を奪ってしまったんだ?
「おや?泣いているのかな?その涙は食われる恐怖からか。それとも、お友だちが君を騙していたショックからの涙かな?」
雪男は容赦なく、わたしの首を掴んだ。わたしは宙づりになる。
薄れゆく意識の中で、加奈子の笑顔が去来した。
(了)
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