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「おーい、いるんだろう?開けてくれよ。寒くて死にそうだ」  わたしは扉に耳を押し当てた。健三の声だった。 「健三か?」 「ああ。とにかく開けてくれないか?」  光男が閂に手をかけようとしたのを、わたしは制した。 「待て。雪男かもしれない。雪男はその人間になりきることができるんだ」 「で、でもよ、もし、健三だったら」 「確かめる方法がある。雪男に真実を語った人間は一生、嘘がつけなくなるらしい」 「また、伝承か...」 「健三、聞こえるか?」 「ああ、早くしてくれねえか?」 「質問に答えてほしい。簡単な質問だ」 「おいおい、こっちは今にも凍えそうなのに。おまえ正気かよ」 「すぐに終わる。じゃあ、ひとつ目。出身地はどこだ?」 「宮城県石巻市だ」  正解だ。 「ふたつ目。母親の名前は?」 「清水貞子。歳は八十八だ。米寿だ」  正解だ。  俺は唾を飲み込むと、訊いた。 「松本加奈子をやったのは、健三、君か?」  一瞬、沈黙が流れた。健三は意識を失ったのかもしれない。光男がわたしにしがみついた。 「開けてやろう。このままじゃ、健三は凍死してしまうよ」 「まだ、最後の質問には答えていない」  光男はわたしのただならぬ雰囲気に圧倒され、後じさった。 「健三、答えてくれ」 「あれは...自殺だよ。俺はやっていない」 「嘘じゃないな?」 「当たり前だろう。だって俺は雪男から逃げて来たんだから」  雪男から逃れたということは、健三は嘘はつけない。つまり、加奈子は自殺だということだ。  そんなバカな...。加奈子が自殺だなんて...。 「萩原、開けてやろう」  わたしは信じられなかった。やはり、健三は嘘をついている。 「健三、雪男に本当に遭遇したのか?」 「本当だ。俺は加奈子のことを雪男に訊かれた。本当のことを言ったから、こうやって生きているんだ」
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