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 加奈子は大学の同級生だった。加奈子は大学二年生の時に登山部に入部してきた。もちろん、登山の経験はなく、身体もスポーツとは無縁な色白で華奢だった。  面接をしたのはわたしだった。山は危険が多いし、チームワークがすべてだ。足手まといになることだけは避けてほしい。本当に大丈夫か?としつこく訊いた。  加奈子は意志が固かった。  志望理由を訊くと、亡くなった父親が趣味で山を登っていたから、亡き父親の遺志を継ぎたいと言った。  わたしは熱意と志望理由に納得し、彼女を新入部員として迎え入れた。  わたしの心配をよそに、加奈子は難関と言われた山を踏破した。コツさえ掴めれば、彼女は優秀なクライマーだった。  そんな健気な彼女に健三は密かに好意を寄せていた。女子部員の少ない登山部では、加奈子は紅一点だった。  健三は加奈子にすっかり夢中になり、何度かデートに誘ったりしていた。その度に加奈子は断っていた。  健三がたまらず、好きな人でもいるのかい?と訊くと、彼女は恥ずかしそうに頷いた。  その好きな人がわたしだと知ったら、健三はどう思うだろう?  わたしは今の今まで隠していた。鈍感な健三はまさか、恋敵がわたしだとは夢にも思わないだろう。  社会に出てからも、四人で恒例の冬山登山は決行された。  それが、二年前、突如、加奈子がビルの屋上から身を投げて亡くなった。寝耳に水だった。  加奈子はこの頃、結婚を控えていた。同じ会社の同僚で、結納も済ませていた。  だから、わたしは思った。加奈子が自ら死ぬわけはない。きっと誰かに殺されたんだと。  わたしはまず、健三を疑った。親友を疑うなんて、不本意だったが、健三はえらく加奈子に執着していた。  いつか、バーで二人で飲んでいる時に、加奈子が結婚する話になると、健三は不機嫌になり、いっそ、加奈子を道連れにして死にたいとこぼした。酒の席とはいえ、あれは本心だったのではと思った。  ただ、健三には加奈子がビルから身を投げた時間、3キロ離れたバーで酒を飲んでいたというアリバイがあった。そこは彼の行きつけで、マスターがアリバイの証人になった。  だが、わたしはマスターと結託して、嘘のアリバイを証言したと考えている。
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