箒と煙草

2/5
前へ
/8ページ
次へ
 最上階までエレベーターを使い、屋上はそこから階段だ。  重いドアを押し開けると、見慣れた景色がのしかかる。周りを囲むビルのほうが高いので、開放感はなく空気はどんよりとしている。そのビルの窓の光もすでに消えていて、より重苦しい夜に思えた。 早速ライターに手をかける。小さくぼんやりと光った火の向こうに、人影が見えた。誰だろうか。日付も変わりそうな今、このビルにいるのは新聞社の人間くらいだ。せっかくなら話しかけてみようか。火を頼りに一本咥えて歩み寄ってみる。  その時だ。人影が柵を乗り越えようとしているではないか。とっさにライターを落として駆け寄った。突然の出来事に膝がおぼつかないが、懸命に走った。焦りより、驚きより、正義感が彼を突き動かした。中背の男の影はもう低い柵に両足で立っている。そしてその足がついに、柵を離れようとしたとき。 「早まるな!!」  目一杯伸ばした両腕で、そのふくらはぎを抱きしめる。そして勢いのまま、彼の体も向こう側へと放り出された。  直後、彼が得た感覚は、浮遊感に似たなにか……ではなく、浮遊感だった。その全身は両脚を掴んだまま宙に浮き、むしろ上昇していた。  死んだのかな。 「ギャー!! なになに怖い! 助けて!!」  絶望に浸ろうとするやいなや、上の方からとんでもない叫び声、というより、奇声が聞こえた。  ハッと現実に戻されたような気がした。ふと視界に集中してみる。足下を見ると、なにもない。そのさらに下方に、街灯の光でわかる。かなり遠いところにある地面だ。その瞬間、彼はようやく、自分がいま空中にいることを理解した。 「え! な! 助け、降ろして、誰か!!」 「え、なに人間!? ちょ、ズボン脱げる」  二人の男は必死である。一人はなんとかしがみつこうと。もう一人は60キロの重りを持ちながらなんとか手前のビルに着陸しようと。  しばらくの格闘の末、もと居たところより五階高いビルの屋上にようやく着陸した。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加