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「もう何度目だよ、まったくもう」
「あと一回でいいから!」
「だから、そのあと一回が何度目だっつってんだよ、もう終わり!」
「頼むよ、もう一回、本当にこれで最後だから!」
将棋盤を挟んで、源爺と徳さんが言い合っている。
僕は二人の湯のみを盆にのせた。
「お、健ちゃん悪いね、ありがと」
徳さんが手をあげてそう言う。
「もう一杯飲みますか?緑茶じゃなくて、麦茶でも入れましょうか?」
商店街の休憩所は、時にご近所さんのたまり場となる。
お盆休みも過ぎ、出かける気分でもないが、家にいてもヒマだなという人達が、エアコンのあるこの休憩所に集まってきていた。
その中でも将棋好きの源爺と徳さん(因みに徳さんもお爺さんだ)の対局が盛り上がっている。ただ、源爺の調子が今日は悪いらしく、先ほどから負けどおしだ。
僕は店が休みなので、今日はこの休憩所の手伝いをしていた。
源爺が腕組みをして溜め息まじりに言う。
「キンキンに冷えた麦茶にしてくれよ、健ちゃん。頭をスッキリさせなきゃな、まったく」
「まったくはこっちのセリフだってんだ。仕方ねえなぁ、一局だけだぞ。そう俺だっていつまでも遊んでられねぇんだからよ」
「へいへい、わかったわかった。でもよぉ、健ちゃん」
駒を整えながら、泣きの一手の楽しみににやけて源爺は続けた。
「健ちゃんもあれだねぇ、たまの休みだってのに、爺どもの相手なんかしてくれてよ、殊勝だねえ。良い若もんが一緒に出かける女もいねぇのかい、へへっ」
僕は立ち止まった。
そしてゆっくりと二人を振り返る。
徳さんはバツが悪そうに顔をしかめて、源爺に手を差し伸べているところだった。
源爺はハッとして、恐る恐る僕の顔に視線を合わせる。
「源爺」
「ハ、ハイ」
「それ、もう一回言ったら、煮えたぎった麦茶持ってきますからね」
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