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人事尽くして天命を待つ
病状の説明に呼ばれた時に、先に話を聞いていた母親が泣いていた時点で、私は未来を察してしまっていた。
なのに。全部都合よくいったとしても、十年は持たない。そして次に日常に戻れるのは、全部ダメになった頃だと。教わった言葉は、想像の範疇だったのに耳を滑った。本当に、本当に私は、そうなんだって。信じたくなかったのか、本当は信じていなかったのかすら、その時の私は分からなかった。重く歪んで、グルグル回る。
心残りがないように、あと少しだけ、普通でいたい。そんなワガママは、だけど一週間も持たなかった。同じクラスの男の子に見透かされて、保健室まで送り届けられるような。本当に自分の未来を理解したのは、その時だったのかも知れない。
仲良くなれる気がしていた。
それも、もう叶わないことなのだと思い至った。だから『転校する』だなんて後ろ髪を引いてみて、聞き流されたら、自分自身を嘲笑ってやろうと。惜しまれたなら、自分の運命を呪ってやろうと。
果たして。寂しいだなんて言われて、胸が痛くて、なぜだか寂しくて。
どうしても、嬉しかったのだと気づいてしまった。もう何にもならないと分かっていたはずなのに。分かっているはずなのに、それでも。ほんの少しでも、互いを意識していたと思っていたのが私だけの思い違いなんかじゃないのだと知って、胸が痛むほど寂しくて嬉しくて、だから悲しかった。
なのに、また会えるかな、だなんて。
まるで残酷な願い。私はその瞬間、神さまのことを恨んでいたかもしれない。どうして? どうして、今になって何かが始まりそうな。神さまに恨まれているのかとすら思った。私がいい子じゃないから、意地悪されているんだって──
だけど、そこで思ってしまったことがあった。もしも、もしも神さまがいて、私がいい子じゃないから意地悪をしているのなら。
もしも、いい子にしていたなら。
何か、奇跡を願ってみてもいいのだろうか、と。
例えば、全部ウソだったら。まだ生きられるかだとか、入院せずに済むのならだとか。
そんな、あり得ないって分かっていることは、もう願ってもいない。
私は長く生きられない。何のために生きたのかも分からないくらいに。
今の今まで、そう思っていた。でも。
「あと一回だけ、会えるよ」
化けてでも、もう一度。
そんな奇跡を神さまに認めさせるために、精一杯生き抜いてみせるんだ、って。
曖昧な距離感。勝手な思い入れだって分かっている。そんなオトナが見れば笑いとばすような思い違いで、夢物語なんだって分かっていても。それを支えにして、生き急ぐ。
そして、きっとこんな決意、話しても黙っていても、答えにくいだろうと思う。目の前で彼は言葉も浮かばないように困った表情を浮かべていた。もしかすると、遠くない未来に訪れる私の死は、もっと、もっと彼の心に影を差してしまうかもしれない。
そんな思い残しも、原動力に変えて。
「一回だけ。でも、絶対に会いに行くから。それまで元気にして待っててね」
その時に、ちゃんと彼の負い目を取り返せるように。叶うなら、ほんの少しでも、その心に私が残るといいな、だなんて。私の人生よりも先の未来へ思いを馳せる。
倒錯しているだなんて百も承知な、私の生きる意味。私はこれからを精一杯生きて、奇跡を待つ。
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